薬局アネモネの思惑｜リアクション

薬局アネモネの思惑

　参道商店街を黒い背広を着た神無月文貴が肩で風を切って歩いていた。
　一歩の間隔を空けて楚々としたメイド服の四御神百合子が付き従う。円らな金色の瞳を主の背中に向けた。
「文貴様、どこか怪我でもされているのでしょうか」
「そんな理由で薬局に行くわけじゃねえ」
　振り向かないで文貴は言い切った。乱暴な手つきでネクタイを外し、後方に投げた。百合子は造作もなく受け取り、丁寧な手つきで折り畳む。
「血が滾って仕方がねえ」
「目的は『オグン』で御座いますね。神無組の四代目に相応しい闘争心ですわ」
「それなりの看板、背負ってるからな」
　薬局アネモネが右前方に見えてきた。二人は無言で店内に入った。
「毒島、地下施設を借りるぜ」
　相手の返事を待たずに文貴は力強い足取りで通り過ぎた。代わりに百合子がカウンターにいる柘榴と向き合う。
「カウオー・カビシレを――」
「必要ねぇよ」
「あら？　今日は合言葉が不要で御座いますの？」
「貼り紙に書いてある通りだ。今日は『オグン』を一般開放している。お前さんも早く行きな。雇い主に置いてかれるぜ」
　百合子はスカートの裾を摘まみ、片足を後ろに引いて一礼した。長い金髪は気品に溢れていた。

　しなやかな黒髪をなびかせて笠原ひびきが店の前で立ち止まった。品定めをするかのような目付きで店舗を眺める。
「ヤクザ風の男とメイドが入って行ったが、どう見ても普通の薬局だよな……」
　ドアの横の貼り紙には地下施設のことが大雑把に書かれていた。
「ここで合っているのか」
　この場で考えていても答えは出ない。迷いを打ち消した表情で、ひびきは店の中に踏み込んでいった。
「よく来たな」
　柘榴がカウンターから声を掛けた。ひびきは用心深い目をした。
「店主もヤクザなのか」
「神無月と一緒にするな。おっと、俺はヤクザな商売もしてないぜ、カカッ！」
「それはすまなかったな」
「気にするな。地下施設はこの先だぜ」
　柘榴は店の奥に顔を傾けて言った。
「あたしは用件を言ってないが」
「トレーナーとスラックスで隠れていてもわかるぜ。バランスのいい筋肉だ。歩き方にはリズムがある。嬢ちゃんはボクシング経験者だろ？」
「確かに、そうだ」
　痛快な笑い声を上げて柘榴は地下への道を指し示した。