薬局アネモネの思惑｜リアクション

薬局アネモネの思惑

　高い空の色に似た水色のワンピースに七分袖のレースを重ねて、御鏡聖が柔和な顔で薬局に訪れた。
「こんにちは、良いお天気ですね」
「おう、いらっしゃい。こっちは仕事で外に出られもしねぇ。今日は何を買いに来た？」
「お肉とタマネギにジャガイモ、それとニンジンです」
　聖はサイドテールを揺らして微笑んだ。
「ここは薬局だが。カレーの材料か？」
「か、勘違いということにしてください。今のは参道商店街で買う予定の、夕飯の肉じゃがの材料でした」
「豪快な勘違いに驚いたぜ」
　柘榴の言葉に聖は頬を赤らめた。
「可愛らしい間違いじゃねぇか。それで薬局では何が欲しい？」
「そうでした。薬箱を確認したのですが、風邪薬の期限が切れていました。胃腸薬は残りが少しで、絆創膏の補充も必要です。念の為に傷薬も貰えますか」
「そこらへんは種類が多いからな。俺が選んでやるぜ」
「ありがとうございます」
　その間に聖は他の棚に目をやる。
「季節的にも虫除けスプレーや蚊取り線香を用意しておいた方が良いですよね」
「そっちも任せろ」
　聖は柘榴に一礼して、また棚に目を戻す。今度は物思いに耽る顔で髪を手に取った。
「夏の境内の掃除は強い日差しを受けて、毎年のことですが髪にダメージを受けてしまいます。最適なシャンプーとリンスはありますか？　用心の意味でトリートメントもください」
「あるが、いいのか？」
「はい、お願いします。それと今年の夏はプールや海に行く機会が多くなると思います。長い間の日光は肌に良くないので日焼け止めは必要ですよね。ついでにＵＶカットの化粧品は、自分で選びましょう」
「自分で選ぶのかよ」
　ほっとした表情の柘榴は商品を抱え、カウンターでビニール袋に詰め込んだ。一度、中身を取り出して大きい袋に入れ替えた。少し考えるような顔で袋を二枚重ねにした。
「これもお願いします」
　聖は化粧品を追加した。ビニール袋は限界まで膨れ上がった。
「下に置いてやろうか」
　持ち方を思案する聖の為に柘榴はカウンターからビニール袋を下ろした。
「私はこれで失礼します」
　朗らかな顔を一瞬で引き締めて聖は両手でビニール袋を持ち上げる。
「よいしょっと！」
　華奢な身体には不釣り合いな声が出た。がに股でゆっくりと向きを変えると、ドアのところに白い長袖シャツにオレンジ色のアスコットタイを結んだ荒井景貴が立っていた。
「えっと、今日はお客さんとして来ました。その荷物、持って帰れます？」
「がんばります。その、掛け声のことは忘れてください」
「よいしょ、ですか？」
　遠慮がちに聞いた景貴の言葉に聖はぎこちない様子で頷いた。
「それでは皆さん、私はこれで失礼します」
　お辞儀をした拍子に少し前のめりになる。よいしょ、と声を漏らして覚束ない足取りで帰っていった。
「言ってるじゃねぇか」
　柘榴の声を受けて、そうですね、と景貴は微笑んだ。
「それで何を買うつもりだ？」
「ニャンダフルＤを二本、いただけますか」
「それほど疲れているようには見えないが」
　違いますよ、と景貴は恥ずかしそうに手を振った。
「ドリンクは差し入れのつもりです。今日は地下闘技場『オグン』の決闘を観戦に来ました」
「ああ、そちらの客か。ま、楽しんでくれ」
「はい、お邪魔します」
　柔らかい物腰で景貴は地下へと向かう。その目にはある種の輝きが宿っていた。