薬局アネモネの思惑｜リアクション

薬局アネモネの思惑

　闘技場に地下の印象は薄い。隅々まで光が行き届いていた。観客と思しき人々はリングの下から折り畳みのイスを持ち出し、好きなところに座って待機した。
　そこに皺の入った長袖シャツの民谷鋭二が走り込んできた。跳ねた頭の毛を気にせず、猫のように細めた目で全体を見渡す。
「テレビ中継で観るような作りだな」
　短い感想にとどめて鋭二は行動を起こした。リングの近くまで歩いて行き、ビデオカメラを掲げて見せた。
「観戦に来た者だけど、ビデオカメラの撮影は可能ですか」
「今回は柘榴がキメた一般開放だカラ、ＯＫデース。デスが、参加者の人達にもあとでリョーカイは取れヨー」
　リング上のイヴは妖艶な踊り子の容姿で挑発的な笑みを浮かべた。
「わかりました」
　鋭二は自分用のイスを手にして目に留まった折り畳みテーブルの端に座った。先客の二人に向けて声を掛ける。
「二人も実況を希望なのか？」
「僕は逆巻だよ。実況を希望かな。人体には詳しい方でね。ゲームで言うなら、相手のＨＰがわかるって感じ」
「それは頼もしいな。俺は撮影をしながら熱い実況をしたいと思っている。そちらはどうなんだ？」
　鋭二は涼しげな顔の修にも声を掛けた。
「俺も逆巻と同じで実況希望だ。自分に戦う能力がない分、身を守る為に格闘技に関する知識はそれなりに豊富だ。次の一手も読み易い」
「この三人なら、実況は完璧だな。最後になったが、俺は民谷だ。面白い騒動に安全圏から首を突っ込むのが趣味だ」
　よろしく、と三人は挨拶を交わした。
　リング上のイヴは踊るように回って中央で両手を広げた。
「ようこそ来てくれやがっター、地下闘技場『オグン』決闘スペースへ！」
　よく通る声に全員の目がイヴに注がれる。
「今回はイヴが審判ダヨー。武器持ち込んだり、殺さなきゃ、どんな戦いでもイイヨ。お約束はヒトツ、楽しくバトりまショーだネ！」
　イヴの言葉に観客は沸いた。果たしてポロリはあるのか、と鋭二はビデオカメラを回しながら叫んだ。
　褐色の肌のイヴは白い八重歯を覗かせて笑う。
「イヴは寛大なのデス♪　ただし、ルール破りは排除するヨー、よろしくネ」
「あの豊満な胸を間近に見れるなら、ルール破りもありなのか！」
　鋭二の声に観客は指笛を鳴らして答えた。
　イヴは右手を伸ばした。人差し指と親指の間に王冠の刻印のあるコインがあった。笑顔のまま、それは簡単に折れ曲がった。
　変わり果てたコインは目に付いた鋭二に投げて渡す。
「こ、これは。ルールはちゃんと守りましょう！」
「確かにコインを曲げる握力は凄いと思うけど、さ」
　含みのある天野の声に鋭二は受け取ったコインをテーブルに転がした。
「これは真似できないね」
　修は横からコインを手に取った。指で回すような動きを見せた。
「ニッケルよりも軽いか。鉄とすれば硬度はニッケルより上だ。しかも、二枚重ねで曲げられている。要するに審判は神ということだ」
「逆らわない方が身の為だね」
　天野は呆れたような顔で相槌を打った。
「あなたのハートを鷲掴みヨー♪」
　意味は違うのかもしれない。しかし、何人かは自分の左胸を両手で覆うのだった。