化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

「さて！　お二人にはこれを見ていただきましょうか」
場面の転換を告げる役者のように、威勢のよい声で檜扇舞華は二匹の前にどさりと袋をおいた。包みを広げて、次々と中身を取り出す。
「服……ですか？」
最初に興味を示したのは晋狐だった。摂狐の背中から顔を出し、広げられた衣装に歩み寄る。舞華はにっこりと笑い、女児用の服を取り上げて晋狐の目の前に示した。ずいぶんとボーイッシュなデザインだが、今着ている田舎くさいジャンパースカートと比べれば明らかに質の良いものだ。まるで幻術にかけられたかのように、晋狐は兄狐の制止をすり抜け、上着を手に取る。
「いかがです？　着てみませんか」
「晋狐！　人間の言葉など……！」
舞華はうろたえる摂狐をちょいちょいと手で招く。
「まあまあ。その服装では却って悪目立ちします。悪いようにはいたしません、あたしの持参したこの衣装で動き回ったほうが無難ですよ？」
気色ばんでいた摂狐も、舞華に「失礼ですがそのお召し物はやはり少々時代遅れですから」と指摘され、自分の着ているものを見直す。馬鹿げた英語と不恰好なキャラクターの描かれたオレンジ色のTシャツに、半端な丈の紫色のショートパンツ。現代のセンスを抜きに考えても、配色が悪い。人間の服装については勉強不足と言わざるを得なかった。摂狐はじろりと舞華の笑顔を疑わしげに伺い、それから前に歩み出て、勧められた男子用の服を奪い取り、引っ張ったり叩いたりして改めた。
「おかしなことを企んでいたらただではすまさんからな」
「とんでもない。人間などに遅れはとらないのでしょう？」
「ふん。無論だ」
そう言い放った摂狐だが、服を広げ持ったままじっと動かず、晋狐と無言で顔を見合わせた。二匹の妖狐の行動に合点が行った舞華が笑う。
「初めて見る衣装ですからね、着方がわかりませんでしたか？　でも大丈夫です。あたしがすぐに済ませちゃいますからね」
舞華は二人の衣装をもう一度自分の手に取り、順に摂狐と晋狐を指差し高らかに叫んだ。
「イリュージョン！」

瞬時、妖狐たちの衣装は完全に別なものに置き換わる。舞華のろっこん『魔法的御召し替え』の力によって、摂狐と晋狐は黒を基調とした洒落たファッションに身を包んだ姿となった。
「さあ、できましたよ」
「なっ……面妖な！　幻術ではなくまことに衣服を置き換えるなど」
「あに様。この者の力、我らの妖術ではないのですね。それにしてもこの服は……」
新しい衣服に着替えた摂狐と晋狐を眺め、舞華は満足げにうんうんとうなずいた。二人はいまだかつて身につけたことのない装いに、戸惑い顔だ。こうしていると妖気を感じぬ一般人には、とびきりしゃれた服装をした人間の子供にしか見えないだろう。
「僭越ながら少々解説をさせていただきます」
うれしそうに語る舞華の声音は、今度は女子アナウンサーのように流麗だ。
「えーまず摂狐さんのお召し物はですね。黒のショートパンツに黒シャツ、素材と色みで差をつけたテーラードジャケットにブーツとハットですね。このままだとかっちりしすぎちゃいますので、ハットにサングラスを載せて、胸にシルバーアクセをあしらってみました。コンセプトは『リトルギャング』！　人間たちに殴り込みをかける今のお気持ちを舞華流に表現です」
「そ、そうか」
ギャングという言葉どころか、テーラードやコンセプトの意味を摂狐は知っているのかどうかはわからないが、舞華の言葉におろおろとうなずく。