化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

「晋狐さん、ちょっとこちらへ。あたしに背を向けて立ってください」
晋狐は素直に従う。質のいい布地、センスのいい洋服に身を包まれて、頬を僅かに上気させていた。あごの近くで切りそろえられた古風なおかっぱを、檜扇舞華はブラシで梳いてやる。
「ブラッシングしてあげますね。女の子はきれいでなければ」
晋狐はおかっぱ頭をこくりと一つうなずかせる。その頭には女子用に小さくかわいらしくアレンジされた中折れハットがあった。
「ボブヘアには和服がとても似合うと思いますが、ここはご兄弟の摂狐さんと同じメンズラインでいきましょう。晋狐さんのシャツは白、ショートパンツはチェック柄にしてみました。ブーツとジャケットはおそろいですね。女の子ですからかわいらしく、ハットにはお花の飾りを。尻尾にはリボンの飾りをつけましたよ」
「あ……」
晋狐はようやく口を開きかける。舞華は首を傾げて少女狐の目線に合わせる。
「お気に召していただけましたか？」
「あ……りが、とう」
「晋狐！　人間相手に気安いことを！」
こともあろうに、人間に感謝を告げた妹分を、摂狐は厳しくたしなめる。
「そう怒らないであげてくださいな。あたしの用はこれでおしまいです」
二人の肩をぽんと叩き、にこやかに送り出す。
「では復讐の旅、いってらっしゃいませ！」
兄妹妖狐が出て行ったのを見届けて、舞華は残された古臭い衣装を手に取った。ごくごく普通の衣服で、おかしな仕掛けはない。
「ふむ。ちょっと心配しすぎだったでしょうか」

　つややかに美しい、見事な狐の尾のアクセサリーを目の前でぶらぶらと揺らしながら、邪衣士は一人つぶやいた。
「狐がまた現れて宣戦布告しているみたいだが……」
アクセサリーと言うよりも、女性が大喜びする狐のショールほどに大きいそれは、ただの狐のものではない。寝子島に巣食って長い噂の妖狐、摂狐の第三の尾なのであった。
「俺に会いたがってるみたいだからな。わかりやすくこれをぶら下げとけば寄って来るかね？」

　桜庭円は難しい顔をして空を仰いでいた。
「結局は狐も、おじさんも、大人になりきれていないんだよね」
猫又川事件も、今日の復讐宣言も、結局は鹿沼と狐、一対一の問題から生まれたものだ。二人とも少年時代の関係にしがみつき、古い縁をいまだにひきずっている。それも三十年という異常ともいえる期間だ。人間である鹿沼にとっては人生の大半、妖狐にとってもその生の三分の一は奇妙な関係に執着し続けていることになる。
「子供のままでいること、止めさせなきゃいけない。だから」
円は初めて狐化かしに遭いに行った時と同じように、手に押しピンを留めつける。制服に身を包み、情報確認のための携帯を持って摂狐を探した。
（小細工なんて必要ない。ボクは傷つかないで済ますつもりはないし、あっちを傷つけるつもりもないんだから）