化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

「今度は化け狐ですか」
　今夜悪さをする、と公言する妖怪狐が現れた。その言葉はたちまち風に乗り、ネットの波を介して広まった。長く編んだ黒髪を背に垂らした、闇のように黒い瞳の少女――常闇月はその情報を知ると、今宵の伴となるべき存在、夏神零に連絡を取ることにした。
『吊り橋の幽霊と対決した時にはお世話になりました。今夜は人間に恨みを持つ化け狐が現れるとか。力を貸していただけますか？　今回も頼りにしています』
月からのメールを受け取った零は、小さくため息をついた。少女のような可憐な要望をしているが、れっきとした男子である。ただし、服装を見た限りでは美少女だと信じるものの方が多いはずだ。零は本日も、夏神神社にて巫女装束に身を包んでいた。
「また妖怪騒動でござるか……」
零は神宿る社の神主であり、巫女であり、また妖魔を払う戦士でもある。妖怪退治は彼なりのフツウの維持にかける努力の結果であった。
「恨みつらみが根にあるならば、こちらも相応の構えをせねばなるまいな……」
零は木刀を手に取る。妖異だからとて、即倒してしまうつもりはない。だが相手が暴力に訴えるというならば……。
空は次第に薄暗くなり始めている。零は得物を目立たないように布で覆い、月と合流するために境内を後にした。

「お待ちしていました。ご存知かとは思いますが、事件について簡単に説明します」
白い髪の少年と黒い髪の少女は集う。零と月、二人を特徴づける色は異なるが、その背格好はよく似ていた。説明を終えた月は、よいしょ、とひきずっていた旅行かばんを横たえふたを開ける。それは小柄な彼女の体には不似合いなほど大きなものった。
（まるで人一人が入れそうなほど……）
零の想像は半ば的を射ていた。月は一つの物体を取り出す。それは精巧に作られたほぼ等身大の球体関節人形だった。
「これは……」
「九尾人形『紅園』。くおん、と読みます。義姉が作ったものですが、今日はこれを使って見ろとのことでしたので」
紅園と呼ばれた人形は、まどろむように薄く目を開き、月に抱きかかえられて手足をだらりと垂らしていた。陶器のように白い肌、だが人間のようなつやはない。上は右前あわせの着物襟、帯から下はフリルたっぷりに膨らんだスカートになっている和風ゴシックドレスを身につけ、九尾人形の名にふさわしい白い狐の尾が九本生え出ていた。同じ色の狐耳が生え出た髪は白く長く、瞳は赤い色だった。
見れば見るほど、白い髪、赤い瞳の自分と似ている気がする。零は思わずこぼした。
「何やらこの人形を見ているとむずむずするのでござるが……」
「今回はまた……義姉も趣味に走ったものですね。夏神さんのことは知らないと思うのですが、確かに似て……いますよね。不思議なものです」
月も九尾人形と零を見比べては、不思議そうな顔をした。
「さて、ゆっくり話してもいられません。日が暮れてきましたから、準備を整えてしまいますね」
零はうなずき、九尾人形の背を支えて月と向かい合わせた。月はそれを合図に『紅園』にそっと口付ける。その瞬間、月の体からふっと力が抜け、勢いよく仰向けに倒れていった。地に着く前にその体を支えたのは、命の宿っていないはずの人形の腕。月の精神は自らの肉体を離れ、ろっこん『ドールダイブ』の力で九尾人形『紅園』に宿ったのだった。紅園に憑依した月は、自分の肉体を抱え上げ、木陰にもたれかけさせる。人形の体で振り向くと、わずかにきりり、ときしむ音がした。
「では参ろうか」
零の言葉に紅園＝月はうなずく。長く輝く白髪の二人は抜け殻となった月の肉体を残して、『狩り』に向かった。