化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

　鹿沼の家の呼び鈴が鳴る。立ち上がりかけた家の主を柘榴がとどめた。
「ああ、俺んとこのだろ。さっき電話したからな。林檎、悪いな……っと、おお？」
玄関で娘を迎える柘榴の顔が驚きに変わる。そこには片頬を赤く腫らした娘、毒島林檎だけでなく、犬を連れた男子学生がいたからだ。
「こんばんは。八神修といいます」
「お、おう？　あんた一体林檎の何……」
「親父！　バカ！」
「俺はもともと、鹿沼さんのお宅を訪問するつもりでした。道の途中で林檎さんが狐に幻惑された状態で立ちすくんでいたものですから……」
「……ち、ちょっと、ね」
林檎はばつの悪そうな顔をする。
　
　ことの顛末はこうであった。ぼやきながらも父の頼みを聞いて、稲荷寿司を持って鹿沼家を目指していた林檎だったが、どうやら途中で狐に出くわしたらしい。らしい、というのはそのあたりの記憶がはっきりしていないからだ。修が通りかかった時には、林檎は幻の世界で癌で世を去った祖父と対面していた。
「優しいあの人は……お爺ちゃんは……もういないんだもん！　この力で救いたかったあの人は死んじゃったんだ！」
修が気づいて救いの手を差し伸べる前に、林檎は自分で自分の頬に、強烈な張り手をお見舞いしていた。その結果が、柘榴が玄関で見た通りの光景である。
「狐が、……またあの子が出たんですか!?」
鹿沼がすがるような目をして茶の間から出てきた。文貴も顔を出す。
「まあ上がってけ、俺んちじゃねえけどよ。ちょいと長くかかりそうな話だろ？」
鹿沼の家の茶の間は、笑いで満ちた宴会場から一転深刻な雰囲気に変化する。文貴、柘榴、鹿沼、そして修と林檎がちゃぶ台を囲んで丸く座った。カーキーは離れた場所で座布団の上に伏せている。話を切り出したのは修だった。
「鹿沼さん。狐は摂狐と名乗り、人間に無差別に復讐すると言っています」
「な、何だって！　僕だけじゃなくて島の人たち全員を化かすって言うのかい!?」
「そうです。鹿沼さん、このままでは街の人がとばっちりを受けます。それに、狐は余計な恨みを買うだけになる。摂狐が殺されたり、残された尾を取られたりするのも避けたい」
「そんな、僕は、ど、どうすれば」
「仲裁役になってください。狐の思いと人間の立場の両方を理解できるのは、あなたしかいない」
鹿沼は冷や汗を流しているのに、顔は真っ赤になっている。狐に再会したい思いと、自責の念が渦巻いているのだろうか。薄い頭からは、湯気が出そうなぐらいだ。文貴がいっぱいいっぱいになっている鹿沼の肩にぽんと手を置く。
「俺たちがついてってやるさ。あんたは摂狐とやらと一対一でぶつかり合えばいい」
「そうだぜ、おっさん。狐のやつに勝手はさせねえ。だが、あっちの言い分もないがしろにはしねえ。もちろん、部外者に邪魔だってさせねえからな」
その隣では、柘榴がにやりと笑う。
「林檎、それと八神か。一緒に来るんだろ？　おっさんと狐の話、決着つけに行こうぜ」