化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

　摂狐は油断した。
瞬時に幻術を破る尾鎌蛇那伊が立ちふさがった時点で、撤退も考慮に入れるべきであったのだ。蛇那伊の運動能力は妖狐をもしのぐ。さらに、鈴野海斗を侮ったことも大きな間違いであった。スコップ一つで武装した小さな体は、予想以上に機敏で力強い。風を切る音が聞こえたと思った時には、背に刃と化したスコップが叩きつけられていた。
「ぐっ……！」
「さすが妖怪、丈夫な体をしているっちゃ。これなら人間にやるような手加減はいらんべ」
海斗には、のんきそうな外見に似合わぬサバイバルゲームや格闘術の心得があった。この程度では息切れ一つしない。叩き伏せられた摂狐が飛びかかるにあわせて膝をひょいと上げると、それは重い膝蹴りとなって摂狐をしたたかに痛めつけた。打撃を受けて狐は蛇那伊の方へ吹き飛んでいく。すぽんと腕に収まった摂狐を、蛇那伊はぎゅっと抱きしめた。
「う～ん、いい毛並みね。バトルで汚しちゃうの、もったいないわ」
「ほざけ！」
頭をなでる蛇那伊の手に牙が迫る。摂狐の噛み付きを読み切って、蛇那伊はその鼻面をぎゅっとつかんでしまった。
「悪いけど、人間以外の実戦経験も豊富よ？　狐ちゃんの動きなんて簡単に見切れちゃうわ」
その言葉にうそはなかった。人間サイズの巨大アリ、猫又、そして幽霊……島に現れたあらゆるフシギな相手を、蛇那伊はその肉体一つで破って来たのである。摂狐がうなぎのように体をくねらせても、逃れるすべはない。海斗がスコップを構えてじりじりとにじり寄る中、摂狐は蛇那伊にしたい放題のなでなでや頬ずりを受けるのだった。
「放せ、放せい！　……ぎゃっ！」
「あらやだ。あんまりかわいいからギュッとしたら鯖折りになっちゃったかしら」
狐の断末魔にも似た叫びに、蛇那伊は思わず手を放す。壊れたぬいぐるみのように、ぼとりと音を立てて摂狐は地面に落ちた。獣の勘はその僅かな隙を見逃さない。妖狐は誇りを傷付けられながら、脱兎のごとく逃げ出した。その尾を海斗のスコップがかする。逃げる妖狐の姿が歪み、再び少年の姿に転ずるのを蛇那伊と海斗は見た。