化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

　この島は自分の縄張りであるはずだ。ここで生まれ育ち、あやかしのものとなり、人間を気ままに化かし楽しんで、思うがままの暮らしをしてきた場所だった。
「なのにどうして、こんなことになっているのだ」
摂狐はいらだっていた。ほんの少し前から、ずっとこうだ。『落神』とやらがこの島に至り、こともあろうに神の力をただの人間どもにばら撒いた。理由は知らぬ。知りたくもなかった。摂狐が理解しているのは、その事件のせいで妖狐と人間の力関係がひっくり返り、自分たちが追い詰められているという事実だけだった。
（妖怪が人間に劣るなど！）
許しがたい話だった。この事実から目を背けたくてもできない理由は摂狐の身の内にあった。そうあれと軽く念じるだけで、摂狐の体には妖狐の尾が戻る。長い年月で蓄えた妖力を示す尾は、いまやたったの二本しかなかった。一本は、神の力が宿った一人の少年にあっさりとちぎり取られてしまった。思い出すと体が震えてくる。
「そうだ。俺は人間に復讐してやる。そして妖狐の力を思い知らせてやるのだ！」
「あらそうお？　いいわ、受けて立ってあげる」
一人つぶやいたはずの言葉に答えが返ってきた。答えの主は見上げるほどの巨体、高校生とは思えない見事な肉体を制服に何とか包んでいる尾鎌蛇那伊であった。
「その姿、そのにおい見覚えがあるぞ。最初の報復対象となるのは貴様だ！」
言うや摂狐の瞳がらんと光る。蛇那伊の視界は妖怪の幻覚でゆがみ、ありえない風景が身の回りを覆い始めた。
「同じ手は食わないわよ」
余裕の笑みを浮かべる蛇那伊。彼にとって幻術は恐るるに足りないものだった。猫又川全域を覆った幻でさえ、得意の精神統一であっさりと破ってしまった蛇那伊は、摂狐が仕掛けた幻惑をやすやすとかわす。見事なポージングを決めると、それだけで蛇那伊は現実世界を取り戻した。
「コツがつかめてきたのかしら。一秒かからないくらいね」
技術の向上に喜ぶ蛇那伊に、摂狐の苛立ちが爆発する。両の目が赤く光るや、瞬時に舞華の見立てた半ズボンスーツの少年の姿は、本来の二尾の妖狐へと変じた。摂狐の本気と殺気を感じ取った蛇那伊も、すぐさま戦いの構えを取る。

「あんれえ！　これが噂の妖狐だべか？」
両者がにらみ合う戦場に、なまった叫びが響いた。ふわふわとした雰囲気の男子学生、鈴野海斗がやって来ている。眉に唾、手には防刃手袋をはめ、スコップを武器として携えている。。
「あら、そんなところにいちゃ危ないわよ？」
「なんだお前は！　引っ込んでいろ！」
摂狐と蛇那伊に怒鳴られても、海斗は退かない。スコップを構えて、摂狐に説得を試みた。
「話は聞いてるっちゃ。そっちの気持ちもわからんでもないけども、やっぱり復讐とかはやめたほうがいいっちゃ。きっとろくなことにならねえべ」
「あたしもそうは言ってるんだけどね。この狐ちゃん、聞かないのよ」
二人のやり取りを摂狐は憎憎しげに見つめていた。
「話がわからんのは人間たち、お前らも同じだ」
「はあ……しかたないっちゃねえ。お兄さん」
「尾鎌よ」
「そいじゃ、尾鎌さん。オラも加勢するっちゃよ」
すいと海斗は蛇那伊に並ぶ。刀のようにスコップをぶんと振り下ろした。
「あら、そんな装備で大丈夫かしら？」
「こう見えても、少しは心得があるっちゃ。任せといてほしいべ」
くわっと牙の光る口を大きく開き、摂狐が吠える。
「大きな口を利いたこと、後悔させてやろう！」
「オラはフツウの世界が好きだべ。だからそのフツウを壊そうとした分だけ、後悔してもらうっちゃ」