化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

「ひ、ひどい目に遭いました……」
　晋狐は再び童女の姿になって、物陰に隠れていた。どうにか一月を振り切ることができたようだ。忍び足で歩きたいが、檜扇舞華に総御召し替えを受けたおかげで、ブーツの底が地面を叩くたびに硬い音が響く。その音は彼女にとって悪い気のするものではなかった。
「ふふっ。気に入りました」
晋狐は立ち止まり、自分の服装を確かめる。舞華が選んでくれた衣装は、兄が見繕ってきたものとは品質もセンスも比べ物にならない。自らの毛皮にかなうものはないが、人間の衣服と言うものは実に多様でおもしろいものだった。曲がり角の道路反射鏡を見上げれば、しゃれた服装の自分が写る。もっとよく全体を見ようと、後ろに一歩下がったとたん、小さな体は何かにどしんと当たって転がった。
「バカヤロー！　気をつけろ、ガキ！」
顔を上げると、原付にまたがった男が捨て台詞を残して走り去って行くところだった。妖狐の体は見た目以上に頑丈だが、人間ごときに無礼な働きをされたのが腹立たしい。怒りのやりどころのない晋狐に、すっと大きな手が差し出された。
「大丈夫かい？」
灰色の髪を後ろでくくった少年が目に入る。晋狐は思わずその手を取って立ち上がった。
「君……ひょっとして？」
少年がそう口にしたとたん、晋狐は手を振り払った。その背後からは見事なふさりとした狐の尾が二本現れる。
「いったいなぜ！　まさか……！」
「なんとなく怪異の気配がした気がして、ね」
正直に答えただけの言葉は、ますます若い妖狐の疑念を深める。少年、逆巻天野はどんどん険悪になっていく晋狐の表情を見て、やれやれと肩をすくめた。
「私を助けて、恩を売るつもりですか！」
「そんな嫌そうな顔、しないでよ。助けない理由なんてなかった。それに僕は動物、けっこう好きなんだ」
「私は野の獣とは違います！」
子供の姿に化身してはいても、妖狐としての威厳を守ろうと精一杯だ。その様子がほほえましくて、天野は笑う。
「ごめんごめん。僕は戦う気はないからね。これから、何かするのかい？」
「私はあに様の復讐の手助けとなるのです。人間たちの意気をくじいてやります」
「ふうん」
身構えていた晋狐に対して、天野の返答はたった一言だった。非難するでも、擁護するでもない。
「君も戦ったり化かしたりするのかい？」
「い、いえ。私は争いごとは苦手です」
言葉にしてから、しまったというように晋狐は口に手を当てる。摂狐のように怒ってごまかすこともできず、天野から目を逸らし、帽子の花飾りをいじり始めた。
「仕返し……か。人間の欲望の方がそれよりずっと怖いよ」
天野は穏やかな口調を保って、自分よりだいぶ小さな妖異の少女に語りかける。その言葉は晋狐を慰めるためのものではなく、天野が自らの人生から得た実感のこもったものだった。晋狐は帽子から手を離し、不思議そうに天野を見る。