ハロウィン剣劇｜リアクション

ハロウィン剣劇

　午前六時過ぎ、朝鳥さゆるは電車に一人で乗っていた。ドアガラスの傍らに立ち、青い海を眩しそうな目で眺めている。首元の緩いニットワンピースは軽い揺れで片方に寄った。露わになった肩口には、ほんのりと赤いキスマークが付いていて昨晩の激しさを物語る。さゆるは気だるげに肩を隠した。
　電車は島の玄関口、寝子島駅に到着した。真っ直ぐに帰るつもりはないのか。さゆるはホームに降りた。歩きながら喉の辺りを軽く摩る。
　足早に改札を抜けて参道商店街に足を踏み入れた。早朝の時間帯の為、ほとんどの店がシャッターを下ろしていた。
「……やっぱりね」
　目は奥の方にある自動販売機を見ていた。
　足を速めた直後、見えない壁に当たったかのように立ち止まる。顔は横手を向いていた。古びた店舗に挟まれる形で白い建物が佇む。大きな窓の先には木目の美しいテーブルや程良い調度品が置かれ、上品な格好の人々がカップを片手に談笑していた。
　壁面と同じく白い扉には『ＯＰＥＮ』の板がぶら下げてある。さゆるは表情を緩めてドアノブを掴み、中へと入っていった。

　――白い空間に白いタキシードの人物。武器の性能実験。試す場所……。
　さゆるは軽く頭を振る。煩わしい過去を一時的に忘れて服装に注目した。白いタンクトップに黒いショートパンツの組み合わせは湿地帯に相応しい軽装であった。手には鞘に入った刀が握られていた。重さを確かめるように上下に動かす。
　――服装も変化するのね。刀は持っている感覚はあるのに重さが感じられないくらいに軽いわ。
　鞘から少し抜いてみる。刀身は細く、一目で身震いが起きる程の業物であった。
「でも、脆そう」
　続いて足元に目を移す。ぬかるんだ中から引き抜くと素足になっていた。
　湿った音が耳に入る。出所に顔を向けると異形の者がいた。二メートルを超える巨体で虎柄のパンツとハロウィン仕様のカボチャを被っていた。肩には金棒を担いでゆっくりと距離を縮めてくる。
　――どう見ても鬼よね。
　敵は散歩を楽しむかのように無防備で近づいてきた。肩に置いていた金棒を高々と上げる。更に上げて暴風を伴う一撃をさゆるの脳天に振り下ろす。
　敵意を剥き出しにした攻撃に『Stella cadente』のろっこんが発動。無駄な動きを排し、流れるように避けた。
　金棒はぬかるみに一撃を加えて四方に炸裂させた。さゆるは腕で目を覆って後方に跳んだ。白いタンクトップには薄汚い飛沫がくっきりと残された。
　敵は金棒を持ち直し、さゆるに向かって前進を始める。
　単調とも言える敵の攻撃が続いた。絶え間ない敵意に晒されたさゆるはろっこんを行使して致命の一撃を幾度も避けた。飛び散った泥は全身にへばりつき、動きを鈍らせた。
「やる、わね……」
　さゆるは防戦一方となっていた。疲労が蓄積されて喘ぐような状態に陥る。敵は意に介さず、金棒を振り上げた。そして躊躇なく振り下ろす。
　ろっこんの能力を使って右に躱した。限界が訪れたのか。さゆるは右の膝を突いた。項垂れた姿で肩を上下させる。
　敵は金棒を両手で握り締めた。上段の構えとなり、大気を切り裂く勢いで振り下ろす。
　凄まじい力によって金棒は半ばまで埋めた。さゆるはろっこんの能力で敵の懐に飛び込み、最大の危機を回避した。
「どうかしら」
　鞘から抜かれた刀は敵の厚い胸を貫いていた。相手がよろけると刀身が折れた。後ずさるように歩き、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
　さゆるは自身の姿を目にした。
「あたしの心も、こんな風にグズグズになってるのよね……」
　泥に塗れた身体を自身で抱き締める。その姿で青い空に目をやり、儚げに笑った。

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