ハロウィン剣劇｜リアクション

ハロウィン剣劇

　作務衣を着込んだ伊織紘之助が参道商店街の通りをゆったりと歩く。
「ここだけは変わらねえな」
　白髪交じりの坊主頭を無造作に掻いた。口の端に咥えた楊枝を上下に動かし、建ち並ぶ店舗に目をやる。
　片方の眉が上がった。少し顔を突き出し、まじまじと店舗を見る。腕を組んで近づき、ドア横に置かれたイーゼルのメニューに目を落とす。
「見慣れねェが、喫茶店のようだな」
　顎を一撫ですると目を細めて中に入っていった。

「こりゃ、なんでェ」
　白に埋め尽くされた空間に不敵な笑みを浮かべる。
「ようこそ、いらっしゃいました」
　横手からの声に紘之助は目だけを動かす。楊枝の動きが速くなる。
「お前さん、普通じゃねェな。気配が感じられなかったぜ」
「過去創造館に創造された当館の案内人でノアと言います」
　白いタキシードを身に纏ったノアは深々と頭を垂れた。紘之助は居心地が悪そうな顔で手を左右に振った。
「頭を上げてくれ。背中がむず痒くなるぜ。どうでもいいが飲み食いできる場所じゃねえな、ここは」
「おっしゃる通りです。過去創造館はお客様の過去を再現する役割を担っています。今回は主旨と違ってハロウィンに因んだ剣劇を開催しております。武器の性能実験を兼ねていますので揮ってご参加ください」
　説明を聞いた紘之助は目をすがめた。
「要領を得ねえが、ようは祭りにかこつけてチャンバラ遊びをすりゃいいンだろう」
「要約をありがとうございます。武器はこちらでご用意いたしました」
　四振りの刀が忽然と現れた。ほう、と紘之助は声を漏らし、一振りを手に取った。
「振り易そうだな。刀身は、まあ、普通か」
「基準となる一振りですが、よろしいでしょうか」
「ああ、構わねえぜ。扱う人間の技量によってどうにでもなるからよォ」
　紘之助は鞘に入った状態の刀を肩に載せた。
「今日は予定もねえし、さっさと始めてくれ」
「場所は『森、湿地帯、闘技場』の三種類をご用意いたしました」
「森で頼むぜ」

　その一言で白い空間は仄暗い木々で覆われた森へと劇的に変化した。
「正直、驚いた」
　紘之助は近くの木の幹に手を触れた。撫でるように動かす。
「感触が伝わってくるが、これもテレビでやってたばーちゃるナントカってヤツなのかねえ。まさか、この刀も……おいおい着ているモンも変わってやがる」
　着慣らした道着に様変わりしていた。
「こうなると敵も早く見たくなるねえ」
　袴を軽く蹴り上げるようにして鬱蒼とした森を闊歩する。移動しながら方々に耳を傾ける。目は鋭さを増して暗がりに向けられた。
　紘之助は一点を見据えた。
「ほう、あれか」
　木々の向こうから巨大な人影が近づいてくる。野太い脚が薄闇を蹴散らす。虎柄のパンツに剥き出しの上半身が荒々しい部族を思わせる。
　最後に頭部が露わとなった。
　注視していた紘之助は噴き出した。前屈みとなって自身の膝を平手で叩く。
「頭が南瓜かァ！？　カッハハハハハ！！」
　敵は持っていた金棒を無慈悲に振り下ろす。紘之助は笑いながら半歩下がって躱し、得物を土台にして駆け上がる。鞘から抜いた刀は敵の首筋に触れる寸前で止められた。
「カカカ、もちっと付き合えや」
　敵は金棒を振り回す。周囲の木々の樹皮が無残に弾け飛ぶ。凄まじい暴風が吹き荒れる中、紘之助は最小の動きで難を逃れた。
「脚がお留守だぜ」
　敵の重心が前に傾いた瞬間、紘之助は鋭い足払いを仕掛けた。敵は勢いを止められず、前方に滑り込むようにして倒れた。幹に当たった右の角が半ばで折れた。
「しっかりしようや、カカカ」
　片手を突いた状態で敵は金棒を横に振った。すでに紘之助の姿は無く、滑るように突っ込んで脇腹を浅く切っていた。
「まだ終わるなよ」
　紘之助は敵の背後に立ち、刀の背で自身の肩を叩く。
「これは喧嘩だ。楽しまねえとソンだよなァ」
　立ち上がった相手に悪鬼の笑みを見せるのだった。

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