せんせいといっしょ：島岡先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：島岡先生編

　●　その目に映るのは　●　

　御剣刀は剣道部に所属するだけでなく、寝子島神社の境内で練習をしているほど、剣術を趣味としている。
　今日もいつものように剣道部で、部活に精出していた。
　まだ暑くなるには少しあるが、それでも身体を動かせば汗が伝い落ちる。
　練習が一区切りつくと、失った水分を補充するために刀は外に出て飲み物を買った。

　面を外した顔に外の風が心地よい。
　このまま外で休もうかと考えていたら、そのベンチに島岡先生が座っているのが目に入った。
　何をしているのかと見てみたが、先生はただじっと座っているだけのようだ。

「先生も休憩かな？」
　新任でクラス担任や学年主任を任された上に、島岡先生は刀たち剣道部の顧問もしてくれている。疲れて休憩したくなっても無理はない。
　刀はもう１本ジュースを買いたすと、ベンチへと歩いていった。

「先生こんにちは、隣いいですか？」
「ええ、どうぞ。御剣くんは部活の途中？」
「休憩に出てきたところです。――どうぞ。１人で飲んでいるのも寂しいので」
　刀はスポーツドリンクを島岡先生に差し出した。
「あら、私の分まで買ってきてくれたんですか？」
　なんだかすみません、と言いながら島岡先生はスポーツドリンクを受け取る。その隣に腰掛けて、刀は自分の分のドリンクを飲んだ。
　喉をすべり落ちてゆく冷たい感触を飲み下し、思わずほっと息を吐く。

「剣道部はどうでした？」
　気がかりそうに島岡先生は尋ねてくる。
「いつもと同じに、みんな頑張ってましたよ」
「様子を見に行こうとは思うんですけれど、なかなか時間が取れなくてごめんなさいね」
　申し訳なさそうに島岡先生は言った。
「いや、忙しいのに俺たち剣道部の顧問になってくれて、ありがとうございます。色々と仕事とか大変だろうし、俺たちのことも何かと気に掛けてくれているし、先生が疲れているんじゃないかと心配です。――最近休めてますか？」
　刀の問いかけに、島岡先生ははいと答えて頷いた。
「こうしてたまに、休憩させてもらってます。ここにいると元気がもらえるんですよ」
　視線を前に戻した島岡先生が何を見ていたのかと、刀は自分も同じ方向に目を向けた。

　日の当たるグラウンド。
　運動部の練習風景。
　学生鞄を手に帰っていく生徒たち。

「島岡先生、先生はこの風景を見て何を思ったんですか？」
「はい？」
「先生はこの前まで、俺たちと同じように学生だったでしょう？　だから俺と違って、学生と先生、違う２つの視点でそれぞれ何かを思っているのかなと、気になりまして」
「２つの視点……」
　そう繰り返してから、島岡先生は首を振った。
「そういう風に思ったこと、なかったです。切り替えようとか、そういうことを考えもしなかったくらい、自然に先生としての視点になっていました。生徒たちが元気でいいな、って」
　言われてみれば不思議です、と島岡先生は笑った。
「ついこの間まで、学生だったんですよね、私……」
　生徒たちの姿に自分を重ねているのだろうか。懐かしそうな表情で島岡先生は目の前の風景を見やった。

「御剣くんの目には、この風景、どう見えますか？」
「俺？　俺は……まあ、青春しているよな～と」
　刀の答えに、島岡先生は声を出して笑った。
「ふふ、そうですね。青春できる時期は限られてますから、思う存分エンジョイするのが良いですよね」
　御剣くんも、と言われ、刀はベンチから立ち上がる。
「じゃ、俺も休憩はこれくらいにして、青……剣道に汗を流してきます」
　残りのスポーツドリンクを飲み干すと、刀はいってらっしゃいと島岡先生に見送られて、部活へと戻っていった。