せんせいといっしょ：島岡先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：島岡先生編

　●　英語の本の選び方　●　

　これで、今日学校でやっておかなければならないことは全部終わりのはず。
　周囲に目を走らせて確認すると、松谷洋志はさっと席を立った。
　学校が嫌いな訳ではない。けれど、クラスメイトの女子に話しかけられたりしたら、どう対応して良いものかとおろおろしてしまう自分を知っているから、あまり長居はしたくない。
　クラスメイトの誰にともつかずに挨拶を口にすると、洋志は教室を出た。

　帰りに街の図書館に寄ってみようか。
　インターネットや機器が発達したおかげで、家にいながらにして英語の本や歌を読んだり聞いたりできるようになった。それは便利なことだけれど、本は実際に手にとって読んでみたい。

　図書館で何か見付けられるといいんだけど……なんて考えながら歩いていたとき、校庭のベンチに座っている島岡先生が目に入った。
　島岡先生は洋志のクラス担任で担当教科は英語。相談するにはもってこいだ。

「あ、あの……島岡先生」
　声をかけると、はい？　と島岡先生は顔をあげた。
「え、英語の本とか歌とかでお薦めのものって、何かありませんか？」
「えっと……お薦めって、私が好きなものということですか？」
「いえ、英語の成績を少しでも伸ばせるようにと……。正直、教科書の中身を追いかけるだけでも精一杯なんですけど……何か余裕をもってできることはないかなって」
　教科書からの勉強だけでなく、半分遊びながらも英語を身に着けられたら、と洋志は説明した。
「あ、でもイギリスとアメリカとじゃ違うんですよね。やっぱりイギリスのものの方がいいのかな。シェイクスピア全集とかシャーロック・ホームズとかでしょうか」
　日本でも手に入りやすそうな本をあげてみると、島岡先生はそうですね、と首を傾げた。

「目的は英語の成績を伸ばすことなんですよね？　それならアメリカ英語がいいんじゃないでしょうか」
「え、そうなんですか？」
「将来ヨーロッパで活動したいという理由ならイギリス英語をおすすめしますけれど、今の日本ではアメリカ英語が主流ですから、成績のことを考えればアメリカ英語を学ぶのが良いですよ。試験のときのヒアリングもアメリカ英語がほとんどですし」

　本なら……と島岡先生は少しの間、宙を見上げて考えた。

「最初は綺麗なイラストの絵本をたくさん見るのはどうでしょう。わからない単語がでてきても調べたりせずに、雰囲気で英語を理解するように読むと、全体の意味をとらえる力がつきますよ。絵本ではものたりないのでしたら、児童書もいいですよ。それから……オー・ヘンリーの短編集のような、よく知っている短いお話を読んでみるとか……長いものに挑戦したい場合は、推理小説や日常を書いた小説とか、手にとってみて会話のたくさんある本を選ぶと読みやすいです。ＳＦやファンタジーは造語や専門用語が多いですから、慣れるまではやめておいた方が無難かもしれません」
　どこか頼りなげなところのある島岡先生だけれど、担当教科のことを話す様子はやはり『先生』らしい。

「色々とあるんですね……あ、あと……翻訳するときに気をつけることってありますか？」
　ついでにコツを聞いておこうと洋志は質問した。
「えっと……気になる単語を辞書で引いてみるのは良いですけど、あまり単語にとらわれすぎないこと、でしょうか。日本語の本だって、いちいち言葉の意味を辞書で引きながら読んでいたら疲れてしまうし、却って全体の意味が分からなくなってくるでしょう？　細かいことは英語の勉強をするときにすることにして、本を読むときには楽しくさくさくと読むのがいいんじゃないでしょうか」
　日本語の本を読むのと同じですよと、島岡先生はおっとりと笑った。
　その顔を見ていると、英語もそんなに取っつきにくいものではないのかも知れないと思えてくる。

「あ、ありがとうございました。参考にして探してみます」
「はい、あの、良い本が見つかるといいですね」
　本ごと英語も好きになれるような本が見つかりますようにと、島岡先生は笑顔で洋志を見送ってくれた。

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