せんせいといっしょ：島岡先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：島岡先生編

　●　描き出されるもの　●　

　球を追いかけるコートに汗が散る。
　もう何周続けているものか、半ば自棄で声を張り上げながらランニングする一団。
　黙々とフォームを確かめている生徒がいるかと思えば、傍目からは何をしているのやらさっぱり分からない謎の動きをする者がいて。
　そんな部活風景とは対照的に、人目も憚らずイチャラブしているリア充カップルがいるかと思えば、ぽつんと１人、孤独に佇む生徒もいて。

　それぞれに学生生活を謳歌している生徒たちを、旅鴉月詠はさらさらとスケッチした。
　描く題材には困らない。
　どこを見ても面白い素材でいっぱいだ。

　次々に生徒たちをスケッチブックに写し取っていくうちに、月詠の目は生徒ではないモチーフを見付けた。
「おや島岡先生、休憩ですか？」
「はい、ここでちょっと……みんなの青春、見てます」
　そう言って島岡先生はくすっと笑った。
「そうですか。――ベンチ一角支配しますね」
　月詠は一言断ってベンチに腰掛けると、島岡先生をスケッチし始めた。
「え、あの……」
「そのまま５分お待ち下さい」
　先生の抵抗を封じるようにきっぱりと言うと、月詠はラフを完成させた。

　続けて２枚目。
　完成したラフを転写して、どんな絵にしようかと月詠は考える。
　そして鉛筆だけを使用して、ありのまま、自分の目に映った通りに島岡先生の胸像を描いてゆく。
「島岡先生は柔らかい色が似合いますね。学年主任というイメージではないです。白沢先生みたいな『おかーさーん』です」
「私がぼーっとしている所為でしょうか……」
　学年主任というイメージではないと言われたことに、島岡先生は少しへこんだようだった。

「ならば、いかにも学年主任って感じのイメージで描いてみましょう」
　３枚目は転写したラフを、シャープな線で仕上げてみた。
　いかにも仕事が出来そうな理知的な表情。
　指先でメガネをくいっと上げるポーズにして、どこぞの秘書かというきりっとした雰囲気に。
　これならば学年主任どころか、教頭先生にだって見える。

「如何でしょうか。カッチリしすぎですかね？」
　３枚目の絵を見せると、島岡先生はあらと目を見開いた。
「これは私……なのに、私じゃないみたいですねぇ」
　絵を真似て、島岡先生はメガネを指でくいっとやる。
　優しげな表情と今かけているメガネでは、そうしたところでさまにはならないのだけれど。

「これは絵ですから、如何様にもできます。ですが絵でない先生は、自分にあったスタイルで生きることです」
　そう言って月詠は、４枚目の絵に取りかかる。
　今度は今までのようなモノクロではなく、色鉛筆で。
　かなりデフォルメした姿絵を描き上げて、島岡先生に向ける。
「先生は沢山生徒と話して、青春してくださいね。生徒は過ぎ去り行くものですから」

　そして、では、と月詠はスケッチブックを閉じてベンチから立ち上がった。
　島岡先生にさよならを告げて、向かうのはアトリエだ。

　アトリエに帰ったら５枚目の絵を描こう。
　１枚目のラフを元にして、柔らかく水彩画を。
　完成させて島岡先生に贈ったらどんな顔をするだろう。

　画材満載のスポーツバッグ、スケッチブック、用紙を入れるためのアジャストケース、と大荷物ではあるけれど、月詠はいつもより少しだけ足早にアトリエへと急ぐのだった。