＜花浴衣＞花衣まとう君へ｜リアクション

＜花浴衣＞花衣まとう君へ

「そう言えば。
　先日お会いした私に似た方、ベルラさんのお知り合いですか？」
　アケーチが、カルヴァドスの芳醇な香りに誘われるように、口を触れさせれば、その林檎の香りに添えるように、ふわりと花の香が嗅覚をくすぐった。

「ん？　あぁ……気になるか」
「はい。ご存じの様子でしたから……」
　アケーチが言外に、気になるという雰囲気を強く滲ませ微笑んだ。
　ベルラは思考を逡巡する。
　──ずっと、話したいとは思っていた。しかし、相手が何も問わないのに話し始めるのは違うとも。
「話せば長いぞ」
「ええ、喜んで……！」
　そう思えば、今の状況はかつて無いものであっただろう。
　ベルラは、手にしていたヴァイオレットフィズを花のテーブルに置いて。手繰るには、心に思い出しては新しい記憶の数々を語り始めた。

　出会いは、過去。剣と宝石が共存している国、ベルラの故郷でのこと。
　水底に太陽の光に反射する宝石が眩しい小さな泉で、水浴びをしてみる『彼』──アドゥレスと出会った。

「──最初から、気付いてたさ。
　……いつかどこかへ消えちまう予感が」

　分かっていた。
　初めて目にした時に、彼に付いていた傷の数々。刻まれたその体の傷の重さ。
　そして、彼の目に映る世界と、自分の住む世界はあまりに違っていたから……いつか、彼が世界に排斥されるように、どこか別の世界に引き込まれるように、消えてしまうのではないかと。
　自分の名前を『すぐに消える羅列にすぎない』と、そう告げた彼の名前を確認するように呼んだときの、戸惑った様子でいたその顔を忘れない。
　そして、それは何の因果であっただろう──初対面でありながら話をすれば、それはとても心地良く重なり合って、いつしかよく酒を交わす仲になっていた。

　それから時経たず、アドゥレスが軍に所属したと耳にした。
　武の腕も確か。その気心が知れた相手と共に、この国が守れる。それはどれほど誉れ高くあったことだろう。

　任務の中で、何度もこの背中を預けた。
　アドゥレスは己の傷の在り方を、その身が勝手に証明するかのように、まるで陶酔と錯覚する勢いで戦闘に身を投げた。致命傷だけを避けるそのスタイルに、ベルラはアドゥレスとの間に割り込んで、幾度となく向けられていた敵の刃を防ぎ切った。
「お前の戦い方を見てると不安になるな！」
「またか。その野暮な話はやめてくれ」
　すげない態度が返ってきても──何度も助け、そして助けられた。
　アドゥレスは素直とは言えなかったが、それでも好い人物だった。

「それでも……楽しかった。
　いつか消えちまうんじゃないかという不安を忘れるくらい」

　ベルラが軍から身を退くと知った時。
　アドゥレスは、僅かに縋るような眼差しを向けた後、それでも何も言わなかった。
　気付くべきだった。この時に、自分が身を退かなければ、国も、アドゥレスも、守ることが出来たかも知れないのに、と。

　それから。
　軍に所属する者が、かつて英雄とまで呼ばれたベルラと肩を並べて戦った存在が、
　──アドゥレスが、国の要人が殺したという事は、瞬く間に国民に知れ渡った。
　偶然にして遅れてその現場を目撃したベルラの前で、返り血に染まった、異界の暗殺者として存在していたアドゥレスは、闇に飲まれるように姿を消した──

「──救えなかった。
　俺の中の、一つの心残り『だった』──」
　アケーチの瞳を見て、ベルラは告げる。

　その言葉が過去形なのは……今語った友が、記憶を無くして『目の前にいる』からだ。
　アドゥレスは言った。
『例え罪人になろうと。この世界で、ベルラと共に過ごしたかった』……と。
　──今ならば、この手が届く。
　再び巡り会えた今なら、もう一度、こちらの世界へ引き戻せる──

「なるほど……」
　アケーチはじっとその話に耳を傾けていた。
　ただその言葉に、特別な反応は無く。
　ベルラが向けた意の籠もった瞳に、きょとんとした様子を見せて、その浮かんだ思いを口に伝えた。

「……救えなかった友人、ですか……
　でも、消えたならばまた現れるかもしれませんよね。
　……ふふ、ベルラさんに大切に思われるその方は幸せですね……！」
　両頬に手を当てて、幸せそうに身をよじるアケーチの様子を、ベルラはやり場の無い胸の辛酸を滲ませた笑みで見た。
「(聞いてて何も感じない、か)」
　自分の心の声が、切なく響く。
「そいつは……お前に酷く似ているんだ」
　苦笑以上の笑顔は浮かべられなかった。

　それでも誓う。
　もう一度……今度こそ、その手を引き戻してみせるのだ、と──

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