懐かしいな…あれはいつの日だったろうか。
もう大分昔のことだ。忘れていてもおかしくなかったのになぁ…(否、忘れる筈もなく
いかんいかん。これ以上は暗くなりそうだ。
金色あひるさん、素敵なイラストを有難うな。
アレス…お前と写真を撮ることが出来て本望だよ。叶わないと思っていたからな。
…しかし若いなぁ、俺も。
1
何もかも消してしまいたかった。
この現実から逃げ出したかった。
その為なら、この身を擲ってでも構いやしない。
失うものなど、何もないのだから。
…そう、思っていた。
2
緑あふれる自然豊かな国。此処は剣と宝石が共存している世界。
そこに小さな湖があり、褐色の青年は黒翼で身を隠しながら覚束ない足取りで水辺へと近付いた。
透き通った浅瀬に沈む宝石が、日の光に反射してキラキラと目映く。
水底へそっと足を踏み入れれば、不釣り合いの一筋の紅が混じる。
固着した血は簡単に滴り落ちた。けれど青年は何度も何度も躯を洗い流す。
穢らわしい己自身を、己の過去を全て清算するかの如く。
体のあちこちに見えるかすり傷は、事情を知らぬ者が見れば同情を誘う材料には十分であろう。
これは己の罪の数。決して癒えぬ痕。
数えるのは放棄した。
何故なら、もう、何も感じなくなっていたから。
麻痺した感情はとうに消滅した(筈だったのに)
「誰だ?」
がさりと草木を掻き分ける音と鋭い声が響く。同時に青年は息を呑む。
人の気配を察知出来ないほど、油断していた覚えはない。
だとすれば答えは一つ。瞬時に腰にある筈の得物へ触れようとして、手元にない事に気付く。
小さく舌打ちし、声の主へと視線を向ければ、大柄な男がじっと凝視していた。
警戒の色が伺えるカーマインの瞳に見つめられ、緊迫した空気が立ち込める。
途端、ぷつりとその糸が切れた。
3
「嗚呼、癖で問い詰めるような言い方になってしまってすまない。今日は非番なのになかなか抜けないものだ」
「…」
はは、と陽気に笑ってみせ、男は軽くおどける仕草で肩を竦めた。
先程と打って変わって気さくに話しかける男に毒気を抜かれ、青年はその場を動けずにいた。
そんな青年をよそ目に男は話を続ける。
「水浴びか?今日はさぞ気持ちいいだろう。俺も少し浴びていくかね。構わないか?」
「私に許可を求める必要はない」
「そうかい。それはさておき自己紹介が遅れたな。俺はベルラだ。…お前は?」
ちゃぷんと水中に入り、ベルラは前髪を掻き上げながら青年に問う。
青年は口を開くも言いあぐねているようだった。
「…まぁ無理にとは言わないが」
「アドゥレス」
「ん?」
「私の名だ。どうせすぐに貴方の記憶から消え去る羅列だ。覚えなくていい」
「いやいや、また会うかもしれないだろう?アドゥレス、宜しくな」
何食わぬ顔で握手を求めるベルラに、アドゥレスは戸惑いの表情を浮かべた。
何故この人は見ず知らずの他人にこうまで接してくれるのだろう、と。
後に、この出会いは彼にとっての人生を大きく左右することとなる。
それが果たして幸運だったのか、それとも──