＜花浴衣＞花衣まとう君へ｜リアクション

＜花浴衣＞花衣まとう君へ

「へい、お待ちっ！　ゆずの花の蜜シロップを使った炭酸割りだよ！」
　立ち寄ったジューススタンド。花の蜜をお任せで注文すれば、御庭凪糸の前にはすぐに細やかな泡の上がる透明のカップが置かれた。
「ゆずの花かー、どれどれ？」
　凪糸が軽く飲み物に花を近づけると、爽やかだが強い柑橘系の香りが、炭酸を巻き込んで華やかに散っていた。
「うん、これは美味しそうな気配！
　みんなはどんなジュース頼んだの？」
　間を置かずに、次々に皆に配られていくジュースに目を留めながら、凪糸は嬉々として興味津々な様子を一杯に、他の皆に尋ねて覗き見る。
　側の結城日和が、丁度タイミング良く、お礼と共にカップを受け取って、同じようにその香りを確認する。
「私は、桃の花の蜜を使った炭酸割りだよ。花の蜜の種類はお任せにしてもらって♪
　炭酸割りは、御庭くんと一緒だね。早坂くんと、神嶋くんは何を頼んだのかな？」
　日和から名前の上がった早坂恩が、その声に楽しそうに顔を上げる。
「ん？　私はさっきまで悩んでたのだけれども──桜の花の蜜があるって聞いたから、それでお願いしてみたの。どんな味になるかしらね？」
「お待たせ！　桜の花の蜜を使った、グレープフルーツジュースとオレンジジュースのミックスお任せ割りだよっ！」
　店主の掛け声のもと、恩の目の前には明るい橙と黄の中間色が見るからに美味しそうなジュースが届いた。
「ミックスジュースね！　どんな味かしら……？
　ねえ、そう言えば神嶋ちゃんは何を頼んだのかしら？」
「──」
　最後に御鉢が回って来た神嶋征一郎は、今までずっと、何気なく日和の姿に目を向けていて。その声にようやく我に返ったように辺りを見渡した。
「にいちゃんだけ、確か注文まだだよな？　何にするかいっ！」
「ああ、お任せジュース割りを。甘さ控えめで」
「あれ、神嶋ちゃん。まだ頼んでなかったんだ。
　両手に花で見とれちゃったとか？」
　てっきり既に頼んでいるものと思っていた凪糸が、軽くからかい交じりに征一郎を目にする。
　瞬間、征一郎の眼光が凪糸を思い切り貫いた。
「──」
「ごめんごめん！　神嶋ちゃんは本当に冗談が通じないんだからー！」
　そんな見ていれば楽しそうな征一郎へと謝る凪糸の様子に、恩は微笑を浮かべながら、ふと思いついたように皆へと提案をした。

「そうだわ、良かったら神嶋ちゃんのを待ってる間に、お互いのを味見し合わない？　どんな味なのか気になるわ♪
　よかったらで良いんだけど……」
「大歓迎！　早坂ちゃんの桜の蜜って気になってたんだよねー」
「あ、私も。せっかくだから色んな味のジュースを飲んでみたいかも」
「──！？」

　飲み物を待っている征一郎が、一気にその声の主──日和の方へと目を向ける。
「え？　え、神嶋くんどうしたの？」
　目を向ければ、凪糸がきちんと直にカップに口を付けないようにストローを配っているところだった。
「……いや、何でもない」

「結城ちゃんのは桃の炭酸割り。うん、美味しいかも！」
「あら、日和ちゃんの桃の香りが本当に素敵っ。それに美味しい♪」
「ありがとう、二人のももらっていいかな？」
「もちろんＯＫ！」
「ええ、もちろん」

「……」
　日和の問い掛けに、恩と凪糸が二人同時に笑顔で返している。
　とても賑やかで楽しそうな光景。だが、それを目にしていた征一郎の胸には、その胸に乱れた雲のような波が湧き上がった。
「(……なんだ？)」
　疑問に感じても、自分の中では答えは出ない。征一郎は首を傾げつつも、一旦それを脇に置くことにした。

　しかし、それを置いても気になるのは、凪糸と恩のその気の合い方だ。先程から口調に始まり、この二人の波長はどこか似通っているような気がして仕方がない──
「待たせたなっ！　林檎の花の蜜を使った甘さ控えめジュースだ！」
「神嶋ちゃんのも味見したいなー！」
「あら、神嶋ちゃんの美味しそう♪」
「てめぇら仲良しか。
　さっきから、ものの見事に揃いやがって」
　征一郎の言葉に、対象となった恩と凪糸が互いの顔を見合わせて──同時に、楽しそうに笑い合った。
「ええ、もう仲良しよ♪　凪糸ちゃんにとってもそうだと嬉しいわねぇ」
「わお、嬉しいなー！　こちらこそよろしくーっ♪」
「……頭痛くなってきた」
　浮かれている雰囲気と、慣れない空気。征一郎は軽くこめかみを押さえながら、目の前に置かれたジュースを口にした。

　それが、予想よりもずっと美味しくて驚いた──
　まるで、この騒がしいにも近しい雰囲気を、何故か今煩わしいと感じていない自分に対してと、それは同様の驚きだった。

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