三不管ノスタルジア｜リアクション

三不管ノスタルジア

　九龍内では珍しく少し広めの交差点にて。正義を囲むように１０代前半と思しき少年たちが立ち塞がっている。少年たちは武器を持つわけでもなく数と若さ故の勇気だけで食い扶持を凌ごうとしていた。
　そんな彼らを正義は孫でも見守るような優しい瞳を向ける。
　「ワシに用は無いじゃろう？」
　そしてゆっくりと右手に握ったトカレフを構えるわけでもなく彼らに見せる。
　「は、ハイ！」
　か弱い老人と思って絡もうとしてきた少年たちは、黒い拳銃を確認するや否や蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
　「こうやって、厄介ごとを避ける分には問題ないのじゃが、さて……困ったのう」
　拳銃を手に入れた正義は途方に暮れていた。拳銃によって得た恩恵は大きい物の、入手後の目的を考えていなかったのだ。ぶらりと散歩したところで脱出できるわけでもなくトラブルに遭遇する蓋然性が高い。
　「このままでは宝の持ち腐れじゃが、さて……どうしたもんか」
　腕組みをして正義は考えこむ。
　「誰かと同行すべきじゃったかのう」
　門に向かうべきか屋上へ向かうべきか。地図を入手すべきだったかなどなど正義は静かに考えこむ。

　けれど時間は無情に、そして平等に過ぎていく。

　長門正義：【脱出失敗】

　「私は夢を見ているのね。だってこんなのありえないもの」
　そう呟いているのは灰色の髪を一つ結びにした間宮芽瑠、一年八組の風紀委員である。
　目の前に広がる九龍の荒廃した魔窟のような空間を彼女は否定する。否定はすれど異臭は鼻につくし、落書きや穴が開いたままの卑猥な広告看板が目の端に入る。
　「こんなところにいたくないわ。夢から覚めるにしても脱出しましょう」
　と、彼女は周囲を警戒しつつ東門を目標に据えて歩き出す。時間はかかっても丁寧な移動を心がける。不穏な場所には近づかない。
　「先ほどの声の主も返事がないし、やっぱり夢なのよ」
　上階から崩落した瓦礫を乗り越えながら彼女は独りごちる。
　『ひと』である彼女にとって不可思議な現象とはありえないものであり、夢物語であった。

　それでも九龍は容赦しない。

　いくら用心をしていてもトラブルは回避しきれるものではないからだ。
　例えばそれが漏電している水溜りであれば回避できる。今にも崩れそうな天井や、腐れた床板も観察すればある程度は把握できる。また、誰かが近づいてきているのであれば視線を合わさないか、明らかに危険であれば物陰に隠れればいい。薄暗いのだ、隠れることはそこまで難しいことではない。
　けれど、それ以外の誰かが意図的に引き起こし、偶発的に生じた災害は可能性は考慮できても回避は不可能である。

　そう、それは。

　ボン！

　パリンパリンパリン！

　バリバリバリ、ガラガラガラ……

　ガス爆発及びそれに伴う火災と周辺の崩落、破損。

　「きゃあ！？」
　おそらくガス漏れしていた箇所付近で住民の誰かが火をつけたのだろう。直下にいたその住民は即死。
　そして不運にもその近隣は爆風などでガラスが割れ、脆い箇所は崩落する。
　爆発の際に引火もしたのだろう。焦げ臭い匂いが周辺を漂う。

　「に、逃げないと……でも……」
　芽瑠は迷う。彼女の横を住民と思しき人々が走り去っていく。逃げ遅れた人がいるかもしれない。ケガをして動けない人がいるかもしれない。彼女の知り合いでも何でもない、彼女の認識からすれば夢の世界の人々である。
　「こんな世界はありえない！　でも見過ごすなんてありえない！」
　そう叫んで芽瑠は爆発の中心地方面へと走り出した。

　間宮芽瑠：【脱出失敗】