シーサイドタウン某所。廃墟と化した雑居ビルの一角。
割れたガラスの隙間から剥げかけた内装を冷たく叩く夜の雨。
雨足は決して強くはないものの、その音を無視できるほど静かに降っているわけでもなかった。
「よく降るねぇ……」
通称
シーサイド九龍と呼ばれるその廃墟を歩く男が1人。彼が咥えた煙草から紫煙がゆらりと立ち昇る。
彼は
ジニー・劉。シーサイド九龍を根城にしている、チャイニーズ・マフィア崩れの情報屋である。平たく言えば無職と言えなくもない。
右手にはコンビニの袋が携えられ、その中には食料や煙草などの生活用品が詰め込まれていた。
「地下まで雨漏らねーといいけど」
地下1階の一部を住処にしている劉はそう呟きながら、地下への階段を下りる。エレベーターは停止して久しい。
明滅する蛍光灯の明かりを頼りに1m程度まで押し上げられた防火シャッターをくぐる。彼の自室まで数メートル。
その時、歩き慣れたはずのビルの雰囲気が一瞬にして変容するのを強い違和感として劉は認識した。
薄暗い視界はそのままに。地面や気配などが塗り替えられていく。
「まじかよ……」
目の前にあったはずの自室から漏れていた柔らかな光は失われ、振り返ればそこには防火シャッターはおろか、階段すらも消滅している。
見渡せば、長屋のように連なったバラック小屋は茶色とも緑とも言えない色に変色して錆びている。コンクリートは劣化の果てに剥落しているか、絵の具をぶちまけたようなおどろおどろした模様を描いていた。
バラック小屋以外にも様々な構造をした建物が折り重なり合うようにして連なるその姿はいびつでどこか不気味さを露呈している。
シーサイド九龍も廃墟といえば廃墟だが、この異世界はそれよりも巨大でそして混沌めいている。
屋内なのか屋外なのかよく分からない。ただ、異臭と腐臭が混ざり合った匂いが鼻につき、爛れた、廃れた空気と閉塞感が胸を圧迫する。
中国語と英語が混ざり合った看板があちこちに見られ、ネオン灯や裸電球がかろうじて光源として機能している。
よく見れば、そんな場所でうろんな瞳をした人々が小さく蠢き。
怒声、嬌声、囁き声に呻き声が遠くから聞こえる。足元の汚水とも泥水とも言えないものには吐瀉物やゴミが混ざり合っているように見える。
「おいおいおい……ここは九龍城砦(ガウロンセンチャイ)かぁ?」
劉は香港にかつて存在した暗黒街のことを思い出す。
彼自身は実際に足を踏み入れたことはなかったが、今彼が体験している世界は九龍城砦と呼んで差し支えなかった。
(そうだ、ここは九龍城砦だ。異世界のな)
何処からともなく偉そうな声が耳に届く。
(夜明けにはこの世界は閉じる。脱出しろ)
一方的にその声は告げる。
「もう少し詳しく説明して欲しいな」
と、劉は呟きながら携帯を確認する。
圏外表示。時刻は23時過ぎ。
「ははっ、冗談きついねぇ」
携帯の日付表示を見て劉は煙草を口から落としそうになる。
寝子暦1329年……。劉の生きる時間から遡ること40年前を示していた。
(この世界は不安定でな。脱出するには特定の時間帯に特定の場所にいなくてはならない。時間制限があるのもそのせいだ。目的地は追って説明する)
「もし、脱出できなかったらどうなる?」
(……現実世界の肉体に悪影響が出る)
「勘弁してくれよ。九龍からの脱出ゲームなんてロクなことにならないぜ」
劉はため息をつくように、口から大きく煙を吐き出した。
……九龍城砦、ここは無法地帯であった。
混沌めいた場所には人の本性がよく表れます……深城です。
今回の非日常はとっても非日常です。
日常へ帰る為に非日常を切り抜けましょう。
さて、解説です。
九龍城砦とは?
香港の九龍地区にかつて存在したスラム街(城砦の跡地に建てられていました)のことです。
住民によって様々な増改築が行われ、高さが不均一な建物が何層にも折り重なっています。
面積にして約10平方キロメートル(便宜上、東西3km南北3kmとします)の規模で、屋上まで45メートル(15階層)とします。
天井にはパイプや配線などが無秩序に通過しており、階段や梯子などもそれぞれが住民が勝手に設置したものであり、目的の場所へ向かうにも、何度も迂回するか住居を横切るなどしなければなりません。
足元は汚水や泥水が流れている場所も多く(もしくはゴミが散乱している)、全体として薄暗く混沌としています。
また、日光などの自然光が差し込む場所は極めて貴重です。
治安が悪く、麻薬や銃器なども取引されている環境です。
今回は40年前の九龍城砦(のような)異世界を舞台とします。
また、その異世界にはその当時存在した(ような)人々もたくさんいます。
年代的に携帯電話なんてありません。
それどころか、カラーテレビが日本で普及し始めた時期です。
より詳しいことはWeb検索(特に画像)されますとイメージしやすいかもしれません。
様々な起こりうる可能性を想定して行動されることを強く推奨します。
時刻について
テオに異世界に放り込まれたのは23時過ぎです。
タイムリミットは翌朝の5時、猶予は約6時間です。
この時間を過ぎると、異世界が強制的に閉鎖され、追い出されます。
その際に肉体もしくは精神に悪影響(例:1ヶ月ほど九龍城砦を彷徨う悪夢を見る、体から異臭を発生する、エセ中国人風の口調になる、などなど)を及ぼす可能性があります。
脱出失敗時の悪影響についてはその時の状況に応じて変化します。
何をするの?
ここから脱出して頂くことが今回の主な目的になります。
もちろん、脱出せずに闇の世界をエンジョイするのもありです。
ロクなことにならないかもしれませんが。
脱出条件は以下です。
1.九龍城砦の東西南北の端に在るいずれかの門から外に出る。
2.屋上にたどり着く
3.その他(秘密です)
門の外及び屋上には午前3時~午前5時の間だけ不思議な穴(渦を巻いています)があり、そこが脱出口になっています(辿り着いてしまえば特にアクションになければ飛び込んで脱出します)。
それよりも早い時間に辿り着いても穴は発生していません。
また、【GA】もしくは相互のアクションに記載されていない限りは同一の場所からスタートしません。
※スタート地点は九龍城砦中心部周辺(東西南北どれかへの直線距離は約1.5km、屋上へは垂直距離で約30m)となります。
想定される障害について
全てというわけではありませんが少しだけ紹介します。
・迷子(梅田の地下街や新宿駅よりも複雑です)
・床が抜ける(足元が脆い場所もあります、天井が脆いことも?)
・追いはぎ(通行料を求められたり)
・襲撃(目立つ格好や若い女性など特に)
・感電(剥き出しのケーブルなど)
注意事項
1.異世界の九龍城砦ですので、実際の九龍城砦とは構造など違っている可能性はあります
2.道具などの事前準備はできません、基本現地調達です(普段から持ち歩いていると思える物はOKです)
3.通貨として、円は通じません
4.犯罪などにとっても巻き込まれやすいです
5.【GA】を推奨します(単独行動でももちろん構いません)
6.多人数での行動は比較的安全ですが、逆にトラブルに遭遇する可能性もあります
7.言語は不思議な力で通じます
8.この世界で死ぬ可能性はありますが、現実世界への影響は不明(ここでは明示しません)です
それでは、自由なアクション、無茶ぶりなどお待ちしております。
また、深城シナリオはアドリブ度高めを推奨致します。
今回は少しハードです。