かわいい探し｜リアクション

かわいい探し

　桜花寮の一室。閉められたカーテンが朝陽で明るくなる。二段ベッドの下で横なっていた水上桜が目を覚ます。部屋の様子を窺うと同室の者は既に出掛けていた。
　桜は手早くパンツルックとなってカーテンを開けた。窓から見える青い空に向かって大きな伸びをする。
　すっきりした表情で椅子に座った。自身に宛がわれた机の引き出しから細々とした材料と道具を取り出す。机上に並べた途端、目が真剣味を帯びる。
　事前に成形されたシーグラスを自作の金色の金型に丁寧に嵌め込む。時に道具で調整した。
「……削る方がいいわね」
　全ての物が予定していた位置に収まる。小一時間でステンドグラスを彷彿とさせるブローチが完成した。中央には赤いシーグラスが印象的な輝きを放っていた。
「いいわぁ」
　うっとりとした声を漏らす。急に我に返ったかのようにスマートフォンを手にした。ブローチの全体を写真に収める。物足りなさを覚えたのか。レンズ越しに色々と角度を変えた。
「みゅう」
　突然の鳴き声に動きが止まる。訝しげな顔で後ろを振り返った。
　目は下のベッドを直視した。薄いタオルケットの中央が不自然に盛り上がっていた。箱のような形に見えながら、ゆらゆらと揺れている。
　桜は奇妙な物体から目を離さないで近づく。音を立てないようにして屈み、タオルケットの端を摘まんだ。速い呼吸のあと、一気に引き剥がした。
　中から黒くて四角い物体が現れた。身を反らすような格好となり、みゅ、と短く鳴いた。無垢な目で桜を見上げる。その姿でぷるぷると身体を震わせた。
　桜は急いでしゃがんだ。同じ視線の高さで親愛を込めて語り掛けた。
「全然、こわくないよ。平気だから安心して」
「みゅー」
　間延びした声が返ってきた。閉じられた口が僅かに開く。微笑んでいるような表情となった。
「みゅうー」
　機嫌よく身体を左右に振り出す。一方に倒れ込み、ベッドの中を転がり始めた。楕円を描くようにして回り、桜の前でピタリと止まる。
「みゅう！」
　少しの自信を見せる。桜の顔が綻んだ。平たい頭の部分を優しく撫でる。
「上手に回れたね」
「みゅみゅー」
　掌に頭を押し付けてきた。四角い身体が伸びて立方体になった。
　抱き枕のような形に顔が吸い寄せられる。気が付くと胴体の部分に両腕を回していた。抱き上げて太腿の上に載せる。
「柔らかいね。少し涼しくて、なんだろう？」
　桜は抱き締めたまま、黒い物体に鼻先を押し当てた。
「コーヒーゼリーのような香ばしくて……どこか夏の匂いがするわ」
「みゅ～みゅ～」
　甘えたような声で身体を密着させる。桜は力を抜いて頬を黒い物体に埋めた。
「もう、なんでこんなにかわいいのよ。おまけに柔らかくて……はあ～」
　最後は言葉にならなかった。
「ん、苦しかった？」
「みゅう～」
　黒い物体は口をパクパクさせる。訴えるような目で桜を見詰めていた。
「わかったわ。お腹が減ったのね」
　離れようとして、また頬を押し付ける。桜は黒い物体を抱き締めた姿で立ち上がった。
「肩に載れる？」
「みゅ！」
　黒い物体を右肩に押し上げる。少し揺れた後に安定した。
「バランスもいいのね」
「みゅみゅう！」
　誇らしく鳴いた。桜は素直な態度に微笑み、机の引き出しからクッキーの紙箱を取り出した。小分けされた袋を破ってクッキーを摘まんだ。
「あーん、できる？」
　黒い物体にクッキーを近づけると指先ごと口に咥えた。波打つような口の動きを見せて指だけを押し返す。
　桜は熱い息を吐いた。
「取り込まれた指が、もう、何なのよぉ」
　蕩けたような顔で新たなクッキーを摘まむ。即座に口に咥えられて、はあ～、と甘い息を漏らす。
　甘い時間が続くのだった。