かわいい探し｜リアクション

かわいい探し

　シーサイドタウンを横切るように百岳甘桃が歩いていた。
　ベージュ色の長い髪はリボンの形に纏められ、頭の上で愛らしく主張する。子供用のドレスは淡いピンクで目にした大人達の表情を和らげた。
「かわいいものは、どっこかなー」
　円らな赤い瞳をくりくりと動かす。右手に公園が見えてきた。少し遠くの遊具に目をやる。
「だーれもいないね」
　気にした様子はない。小さな柵から食み出るように生えている草花を眺めながら歩いた。
　揺れる葉が目に留まる。風は吹いていなかった。
「何かいるの？」
　甘桃は顔を寄せる。細い葉の上には何もいなかった。
「あ、いた！」
　茎のところにカマキリがいた。鎌のような両手を広げてゆらゆらと揺れている。
「あー、びっくりした。こんなところにいたんだね」
　更に目を近づける。
「バンザイかな。腕が動いていてまねきネコっぽい」
　右手を丸くして招くような動きで、にゃー、と鳴いてみる。カマキリの揺れが大きくなった。
「おめめが緑のガラスみたいできれーだね。からだは黄緑で、なんか虫なのに、ちょっとかわいいかも！」
　他の繁みを探してみた。
「いないなー。もっと緑がいっぱいのところがいいのかな」
　九夜山の方に目を向けた。顔に喜びが溢れる。軽く頷いて走り出した。

　木々と緑が生い茂る山際の道に出た。
「なんか、いそうだね！」
　ゆっくりと歩きながら繁みを見ていく。手で掻き分けて奥の方に目を凝らす。
「どこかなー」
　繁みからクヌギの木に目が移る。幹のところから樹液が染み出していた。
「あ、クワガタさん！　緑色のカナブンさんがいっぱい！」
　様々な昆虫が樹液に集っていた。黒々としたアリもいる。寄り集まったコガネムシは互いに押し合っていた。
「あれはカブトさん！　こんな時間に見られるなんてラッキーだね！　角がないからメスだよね。もう少しきれいな色をつけたら、もっとかわいいかも！」
　甘桃は手を近づける。逃げるような動きを見せた。
「手はムリっぽい。ちょっと待っててね」
　甘桃はシーサイドタウンへと駆け出した。
　十数分後、虫取り網を持って戻ってきた。頬が少し膨らんでいる。目当ての昆虫に話し掛けた。
「ママがね。わたしのこと、虫ぎらいだっていうんだけど、かわいい物はかわいいんだもん」
　不機嫌な声を余所に笑顔となった。虫取り網を掲げる。一匹に狙いを付けた。
「動かないでねー」
　背中の方から虫取り網を近づけて、えい、という掛け声で被せた。コロリと網の中に転がった。逃げ出さないように途中をギュッと握り締める。
「やったー。カブトさんをつかまえたよー」
　一匹が網の中でもがいている。甘桃は笑顔で言った。
「今から家にいくからね。かわいいリボンを付けてあげる」
　スキップで家に向かう。
「くーろくてツーヤツヤ、カーブトムシー。あーみをかーぶせてコーロコロリーン。かーわいいリボンをつーけようねー」
　即興の曲を高らかに歌う。愛らしい甘桃の姿に好意的な視線が集まった。
　家に帰り着いた。勢いよくドアを開ける。
「ママー！　カブトさんをつかまえたんだよー。だからねー、かわいいリボンを持ってきてー！」
　間もなく現れた母親は悲鳴を上げた。網の中で暴れる一匹を指差し、手で追い払うような仕草を見せた。
「こんなにピカピカしてかわいいのに。え、カブトさんじゃないから？　しょーがないなあー」
　ブツブツと文句を言いながら家を出た。少し口を尖らせて網の中に目を向ける。
「ママが持ってかえったらダメだって。ごめんね、かわいいリボンを付けてあげられなくて」
　握っていた手を離した。両手で柄の部分を握り、網を高々と挙げる。振り被るような格好で、とう、と少し前に振った。中に収まっていた一匹は宙に投げ出され、羽を広げて飛んでいく。
　その姿に向かって大きく手を振った。
「ゴキブリさん、ばいばーい！　今度はかわいくデコってあげるね！」
　何人かの悲鳴を背中に聞きながら甘桃は笑顔で家に戻っていった。

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