かわいい探し｜リアクション

かわいい探し

　早朝に鎌倉の自宅を出発したことが幸いした。寝子島の用事は午前中に終わった。
　自由の身となったマリエッタ・ラシュリエはシーサイドタウンの通りを軽い足取りで歩いていた。ふんわりとしたエアリーボブに薄桃色のワンピースがよく似合っている。心の中を表現しているようだった。
　――島での用事は終わったけれど。
　緑色の目を近くのショーウィンドウに向ける。新作の夏服が鮮やかな原色で飾られていた。
　――私が着るには少し派手よね。
　微笑みの中、その場を離れた。数メートルを歩いて立ち止まる。売れ筋の本がショーウィンドウに並べられていた。
　――時代小説は入っていないのね。
　視線が流れた。すぐ隣におかっぱの女の子が立っていた。着物姿であった。涼しげな水色の生地には赤い金魚が何匹も描かれていた。
　――なんだろう。胸がドキドキするくらいにかわいいわ。
　目が離せなくなった。マリエッタは僅かに口を開いた。
「ねえ、あなたのお名前は？」
　女の子は顔だけを向けた。笑みを浮かべるマリエッタを無視して背後に回り込む。背中に掌を当てて上下に動かす。
「あの、くすぐったいんだけど」
「チャックが付いてないの。おじさんが中に入っている訳ではないの」
「まあ、声は低い方だけど、そこまで酷くはないよね？」
　ぎこちない笑みに変わる。女の子は無表情でくるりと回って見せた。
「あたしはメリーさん。ナイスバディの女の子なの」
　なだらかな胸を張る。マリエッタは笑いながら首を傾げた。
「私はマリエッタ。メリーさんは本が好きなのね」
「そうでもないの。小腹が空いたから気分で料理の本を探してみたの」
　女の子は自身の腹部に手を当てた。その姿でマリエッタを見上げる。瞬きをしないで同じ姿勢を貫く。
　――もしかして催促されている？
　マリエッタは笑みを深めた。
「好きな食べ物ってある？」
「Ａ５ランクの牛肉は美味しいの。ブランド牛も捨てがたいの。三ツ星レストランで出される物も美味なの。フカヒレラーメンは歯応えが割と好みなの」
　女の子はすらすらと答える。マリエッタの笑顔が引きつった。
「あ、あのね、ケーキなんてどうかな！」
「洋菓子、和菓子、何でも好きなの」
「そ、そうよね～。やっぱりかわいい女の子は分厚いお肉よりも小さなケーキよね」
　安堵した表情で緩やかに息を吐く。マリエッタは話を続けた。
「シーサイドタウンに良いお店があるの。ケーキと紅茶の味が絶品で、私の中の評価では一番になっているわ。よかったら、一緒に来る？」
　女の子は帯に挟んでいた、がま口を取り出した。その場で開けて見せる。
「からっぽなの」
「私が奢ってあげるね」
「それなら行くの」
「はぐれないようにしないとね」
　マリエッタは女の子の手を握った。
「こっちよ」
　マリエッタが先に歩き出す。女の子はスキップで付いていく。
　――とても、かわいいわ。愛想の無さが、チャームポインなのよね。艶やかな黒い瞳に、あ、意外と睫毛が長いのね。白い頬はマシュマロみたいに柔らかそう。
　女の子の動作に気を取られ、道を曲がり損ねた。マリエッタは苦笑いで引き返した。
「ここが、私の一押しのお店よ。今日のオススメはケーキバイキングみたいね」
　洋風の店の前にイーゼルが置かれ、そこにメニューが書かれていた。
「食べ放題なの。いっぱい食べるの」
「そんなに小さい身体で大丈夫？　私は甘い物は別腹だからね」
「競争するの」
「量なら負けないよ」
　マリエッタは自信を覗かせた。
「負けたらＡ５のサーロインなの」
「私に勝てたらね」
　マリエッタは笑顔で店に入る。
　女の子はニヤリと笑って付いていった。