【作戦２－３：包囲網】

　狼の群れの中で臨戦態勢の護衛班。
　サキリが風のソナーで敵を探知してみれば、ゆうに50匹は周りにいる模様。
「結構いるね。ま、此方もそこそこ大所帯だけどさ」
　サキリ隊の兵士10名、鮫ノ口隊の兵士10名は指揮官の命に従い行動を開始。
　志波、久隆、響、メリィ、リリエルの５名は円陣を組む。
　志波と久隆がディフェンダー、響が支援攻撃に徹し、メリィがアタッカー、リリエルがメディックという構成。
　狼の唸り声が１秒ごとに大きくなり、遂に飽和状態を迎え、破裂する！
「来るぞ！」
　志波の言葉通り、360度から狼が大きな波のように押し寄せてくる！
　野獣の牙が志波の腕を喰らわんと突き立てられる！
「させるか！　君はこっちに噛み付いててくれ！」

　志波がトンファーを突き出し、狼の口の中に押し込む！
　腕ではなく金属棒を噛まされた狼は一瞬怯む。
　その小さな隙を志波は見逃さない。
　ろっこん『スイ・マー』での手刀！
　くぅぅん、と弱々しく鳴いた狼はその場に昏睡してしまう。
「よしまず一匹、ってうわっ！？」
　志波の背後と側面から狼が同時に飛び掛かってくる！
「危ない！」
　久隆の放つ槍が狼を纏めて穿つ！
　悲鳴を上げて絶命する狼たちから素早く槍を抜くと、盾で狼の群れを強引に払い除ける！
「大丈夫か？　ここは我々が耐え抜かねば……！」
「あ、ああ、そうですね……！」
　出来ることなら命を奪う事は避けたかった志波。
　だが状況はそれを許すことが出来ないと思い知らされた。
「このっ！　あっちいけーっ！」
　メリィも身軽さを活かして狼たちを必要以上に傷付けずに虹の光で麻酔を撃ち込んで昏睡させてゆく。
「はわわわわ！　こっちこないでーっ！」
「リリエルちゃん！　僕の傍に居て！　こらっ！　大人しくなってよ！！」
　響はリリエルを庇うように猫の爪を振り回す。
「おっかしいなぁ？　そろそろなんだけどなぁ？」
「タルトちゃん、どうしたの？」
　リリエルが首を傾げながら木の枝を振り回して狼を追っ払っていた。
「いや、それが、ってうわっ！？」
「タルトちゃん！？」
　響、側面から狼たちが殺到！　押し倒されてしまった！
　このままでは蹂躙されてしまう！
「な、縄張り荒らしたりしないよ、仲間だよー♪」
　狼の涎まみれになりながらも、必死に仲間アピールをする響。
　彼女は猫に変身できるから知っているのだ。
（僕だってろっこんで猫になってるときは襲ってくる人間は怖いんだ。だからキミたちは殺したくない！）
　だが無情にも腕を噛み付かれてしまう！
「あああああああ！？」
　響は痛みに絶叫！
　もう駄目だ、と響が諦めたその時だった。
「今だ！　鮫ノ口隊、かかれ！」
「サキリ隊も後れを取るな！　吹き飛ばせ！」
　鮫ノ口隊の兵士が星の力で水鉄砲を狼に噴水！
　盗賊の光を宿した兵士が物陰から飛び出て狼を蹴っ飛ばす！
　連携の綿密さが鮫ノ口隊の強みだ！
　更にサキリ隊が森の中に魔風の力で突風を吹かし狼たちが森の奥へ押し戻されてゆく！
「悪い！　狼たちの群れの分析に手間取った！」
　指揮官の鮫ノ口と副官がガムを必死に噛みながら周囲を見渡していた。
「こっちも配置が完了した。流石に木の上には狼は登ってこない。ここからは一方的にやらせてもらうよ」
　サキリは星の力でつむじ風を呼び、戦場の狼たちにぶつける！
「大丈夫、タルトちゃん！？　今、治します！」
　リリエルがすかさず響の腕を治癒の光で治療する。
「ありがとう！　凄い痛かった～！」
　キレイさっぱり跡形もなく回復した響は涙目だった。
　そこへ狼の鼻っ柱にトンファーを叩き込んだ志波が響に声を掛けてきた。
「タルトちゃん、すまない！　俺が不甲斐ないばっかりに……！　腕は大丈夫か？」
「はい、リリエルちゃんが治してくれました！　だから気に病まないでください、ブドー先輩！」
　響は尊敬する先輩が気落ちする姿を見たくなかった。
　だから、嘘偽りない言葉と笑顔を志波に向けた。
　そうすれば、相手もつられて笑顔になってくれる。
　どんな時でも勇気が湧いてくる！
「鮫ノ口隊の癒しの光を宿す者も、適宜味方の治療に取り掛かるんだ！　……ふむ、そうか。あれか！」
　何かに気が付いた鮫ノ口が森の奥の闇を指差す。
「みんな、聞いてくれ！　この群れのボスがあそこにいるぞ！　ボスを無力化するんだ！」
「ボスか……。いきなり俺達が縄張りに入って、怒ってるだろうな……。礼二郎君、俺に考えがあるんだけど、任せてくれないか？」
　志波の申し出に面食らう鮫ノ口だが、志波の真剣な表情にすぐに快諾した。
「本当は木の上からやりたかったけど……、そんな悠長な時間はなさそうだ！」
　懐から取り出すのは刹弦の扇【細雪】だ。
　そして、志波が腕輪に宿した星の力は、魔星の力（おうし座）！
「頼む、これ以上、キミを傷付けたくないんだ……！」
　扇を仰ぐと、局地的な吹雪が発生。更に志波が扇を持って舞う事で、おうし座の力によって魅了効果が付与される。
　そのまま戦場で志波が舞を続ける。ボスの方角に吹雪をぶつけるだけでも一定のダメージは与えられるが、魅了の効果は未知数だ。
「来るぞ、ボスだ！」
　鮫ノ口が指差す先に、他の狼とは段違いの大きさを誇る狼が茂みから姿を現す。
　ボス狼の全身が雪塗れになり、漏れる息が真っ白だ。
　だいぶ低体温で弱っていることは確かだ。
「み、魅了は、効いているのか？」
　志波はゆっくりとボス狼の前に歩み寄る。
「ごめんよ、寒かっただろう？」
　彼が手を差し伸べた瞬間、グルルゥッと唸ってボス狼は食い付かんと口を開けた！
「あっぶなーい！！」
　志波は手を引っ込めて緊急回避！
「駄目か！　それとも森の中は薄暗いから、よく見えていないのか……？」
「もしかしたら、お腹が空いてるんじゃないかな？　だから本能でブドー先輩の手に噛み付いたのかも？」
　響が革袋から取り出したのは、なんと、肉の塊だった。
「金貨500枚を有効活用したんだ♪　ほら、ボスさん！　お肉だよ！」
　お肉を持って響が近寄ると、なんと、響にボスが頬を摺り寄せてくるではないか！
「ほら！　やっぱりそうだよ！　この子、お腹が空いてたんだ！　そしてブドー先輩の魅了効果はきちんと効果があったね♪」
　よしよーしとボス狼をあやす響。
　ボス狼は大人しく肉塊を貪っている。先程までの威圧感はなりを潜めてしまっていた。
　するとどうだろう。周囲の狼も襲撃をやめ、響に首を垂れ始めたではないか！
「えっ？　これ、どういうこと？？」
「凄いな。響はこの狼の群れの新たなリーダーに認められたんだよ」
　サキリが木の上から瞬間移動して降りてくる。
「なるほど、餌付けだね！　すごい、タルト！　天才だ！」
　メリィもお肉を凝視しながら感心しきっていた。
「……まさか、こんな解決方法があったなんてな」
　排除することを念頭に置いていた久隆は、意外な結末に思わず唸っていた。
「ねぇ、タルト！　あたしにもお肉頂戴！」
「ちょ、メリィちゃん！？」
　友人の虎娘が涎を垂らしている様にショックを受けるリリエルであった。
　だが、タルトは歯切れが悪く返答する。
「うん、実はこれ、色々と仕込んでてね？　多分、そろそろ効果が出るかなぁって……」
　響が周囲を見渡したちょうどその時、狼が一匹、また一匹とパタパタと昏睡してゆく！
　当然、ボス狼もその場に丸くなって、静かな寝息を立て始めてしまった。
「まさか、これは、睡眠薬入りなのか……？」
「ブドー先輩、大正解！　いやぁ、実はさっきの偵察中に、お薬入りのお肉を少量ずつあちこちにばら撒いていたんだよね。思いのほか、効果が出るのに時間がかかるんで焦っちゃったよー」
「「お金のチカラ、半端ない……！」」
　護衛班はしばし、呆然としてしまったのだった。


＜第一波（狼）：勝因、お金！＞