猫又川の狐化かし｜リアクション

猫又川の狐化かし

　走る制服姿の少女。かなりの速度だ。フォームも整っている。どこかを目指して一目散といった様子だ。茶色のショートヘアのてっぺんで、ぴんと元気なアホ毛が跳ねる。
「真央ー！　待ってよ、そんなあんたみたいにガンガン走れないって……」
すばらしい速度で前を行くショートヘアの少女、後木真央のだいぶ後ろから呼びかける黒髪の少女は猫村翡翠だ。真央に同行しているのだが、いかんせん体力と走るスピードが違いすぎる。
「あや？　ゴメンなのだ、翡翠ちゃん！」
真央はすぐに戻ってきて、翡翠に並ぶ。そのまま翡翠の右手を取ると、ぎゅっと握った。
「並んで行くのだ。手をつなげば一緒に行けるのだ！」
「ちょっ、小学生じゃあるまいし！　いいよ」
「遠慮しなくていいのだ！　おっちゃんさんの家はもう少しなのだー！」
真央はつないだ手を離さない。しょうがないな、と心の中でつぶやいて、翡翠は手を引かれるままに目的地へと向かった。

「おっちゃんさーん！　狐化かされのおっちゃんさんはこちらなのだ？」
　旧市街の裏通りにまぎれるように、ひっそりと建つ小さな一軒家。築五十年は経っていようかという古びた家の縁側に、ぼんやりと座って空を眺めている中年男性がいた。真央の声に気がつき、こちらを見る。
「ああ、うん。僕がそうだよ」
垂れた目を細めて笑うその姿は、どこか自信なさげだ。
（この人が化かされおっさんか……。なんか、頼りなさそうというか、どっか情けない人だなぁ）
翡翠は目の前の男をそう評価する。気弱で恥ずかしそうな笑み。ぽちゃぽちゃと肉がついた、ややだらしない体型。おしゃれとは程遠いくたくたのシャツに丈の半端なズボン。悪い人間ではなさそうだが、人生の勝者にはとてもなれそうになかった。
「こんにちは。あたしたち、化かされのことでちょっと聞きたくて来たんです」
翡翠がそう言うと、『化かされおっさん』はいいとも、と返事をすると部屋に一度引っ込んだ。へたった座布団を二枚持って戻ってくると縁側に並べ、二人に座るように勧める。

「若い娘さんをこんなおやじの家に上げるわけにはいかないからね。ここでよかったら話を聞くよ」
　男はまた目を細めて笑った。冷たい麦茶が二人の前に置かれる。ぐっと一気に飲み干して、真央は中年男に詰め寄った。
「おっちゃんさん。おっちゃんさんが毎回狐のいたずらに引っかかりに行く理由を知りたいのだ！」
「そうです。どうしてわざわざ、あんなことに乗ってやるのか」
翡翠は男が化かされている現場に出くわしたことがあった。おろおろしながら、腰まで水に使っているさまを、多くの者はただ指差し笑っていた。どんなに笑われ、ばかにされても、ただ恥ずかしそうな笑みを浮かべるだけの姿は、見ているほうがいたたまれなくなる。
「川原に行かなきゃ引っかからないのだ！　それぐらいわかってるはずなのになぜなのだ？」
「僕たちはね。切っても切れない縁で結ばれているんだ。友だちなんだよ。化かされても気にしていないさ」
男は翡翠が前に見たと同じ、弱々しい笑いを見せるだけだった。

「やっぱり、おかしいよね」
「おかしいのだ。このままじゃ狐は人殺しなのだ。狐を人殺しにさせるかもなのに、平気なおっちゃんさんもおかしいのだ。……そんなの、絶対に友だちじゃないのだ」
「うん。あたしもそう思う。おっさんと狐の関係は間違ってるよ」
　真央と翡翠の意見は同じだった。おっさんは好きで化かされている。おっさんと狐は友達だと言う。それがどうしても納得いかない。
「あたし、猫たちに話を聞いてくるよ。いろいろ見て知ってるかもしれないからさ」
意を決し翡翠がそう言うと、
「じゃあ真央ちゃんは狐を捕まえる方法を考えるのだ。捕まえれば真実がわかるはずなのだ！」
真央は新たな行動を取るべく宣言する。互いの意志を確認した二人はうなずいて、別々の方向に歩みだした。翡翠は情報を集め、真央は狐をおびき出す。

（おっちゃんさんは何か約束とか、罪滅ぼしとか……そういう重くてふかーい何かに縛られてるのかもしれないのだ。もしそうなら、おっちゃんさんのやさしい心につけ込んだ狐が悪いのだ！）
真央は立ち止まり、すばやく携帯でつぶやき系ソーシャル・ネットワーク・サービス『ねこったー』を開く。二つの発言を投稿すると、新たな目的地に向かって駆け出した。

『狐情報その１：おっちゃんはわかってて化かされてるのだ！　狐を切っても切れない縁のお友達だと言っていたのだ』
『その２以降の狐情報、続々投稿募集なのだ！　みんなで情報共有なのだ！』

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猫又川の狐化かし

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