猫又川の狐化かし｜リアクション

猫又川の狐化かし

「どうも。キャベツ持って来ました……って、え!?」
　邪衣士はダンボールいっぱいに詰まったキャベツを届けに、お好み焼き屋『うさぎ屋』を訪れた、はずだった。が、今は店主の宇佐見満月に引っ張られるようにして猫又川へと向かっている。いったいなぜこうなったのか。士は満月の生み出すすばらしい推進力に引かれながら、ほんの少し前の出来事を思い出す。

士がキャベツの代金を受け取ると、満月はその手をぎゅっと握った。
「待った」
「え？　な」
戸惑う士に、満月はにやりと笑ってみせる。そして、自分と士の手首を、包帯でぎちぎちと縛り上げ始めた。
「うわ！　な、何やってるんですか！」
「今日は夕方まで店じまいさ。ちょっと不思議なことがこれから起きる。それをぶっ潰しにいかないかい？」
満月の不敵な笑みは、ますます大きくなっていく。
「ほーら！　準備を整えて、さっさと狐退治に出発だよ！」
「ってうわぁ!?　ちょっ引っ張らないでください！」

　それでこうして、二人は手首を白い布でつながれたまま、走っているというわけだ。士は前を走る満月の背に呼びかける。
「狐？　人を化かしてるって噂のあれですか？」
「そうさ。今日もあのおっさん、ふらふら出て行っちまったみたいだ」
「ああ。俺も話だけは聞いてます」
「だろ？　この辺では有名な話さね。化かすのが本性とはいえ、最近のあいつはやりすぎさ。ちいっとお灸をすえてやらなきゃね」
それとなぜこの包帯が関係あるのか。士は尋ねた。
「かたっぽが化かされそうになったら、腕を引っ張るんだよ。迷子防止にもなって一石二鳥さね！」
満月は振り向き、いかにも楽しそうに答える。その手には『準備』の品が握られている。
「引っ張っただけで戻れますかね……」
今のところは理性を保っている士。突然巻き込まれた退治劇にこの時は戸惑うばかりだった。

　駆けつけた満月と士に、ライフジャケットが差し出される。これまた亜魚隈猯利の配慮によるものだったが、彼らは腕を包帯でつながれていて、袖を通すことができない。それを知ると、猯利は気をつけろ、とだけ告げて下流に歩いていった。
「流れてきたら釣ってやるから」
最後の一言が頼もしい。ような、不安なような。辺りをざっと見回して、士は満月に声をかけた。
「救助の人はけっこう多いみたいですね。宇佐見……」
「ああん？」
片眉上げて問いただされ、士は満月に指定されていた名で呼びなおす。
「……満月ちゃん。俺らは化け狐の野郎を探しましょう」
「ああ、いいね。こちとらはなっからそのつもりさ」
化かした人を眺めて楽しむなら、どこが最適だろうか。川の中ではあるまい。二人は手首を包帯で結ばれたまま、堤防沿いの陸地を歩く。満月は器用に片手で煙草をくわえ、火をつける。
「満月ちゃん、なんですそれ？」
「ああ、狐化かしには煙草が効くって言われてるのさ。やってみる価値はあるだろ？」
ふうと紫煙を吐き出し、手にしていたもうひとつの『準備』、木刀をかざしてみせる。
「いざとなったらこれでもぶん回すかねぇ？」
無意識に選んだ得物だったが、意外にしっくりと手になじむ。彼女のろっこん『ＢＡＤ　ＨＡＢＩＴ』が知らずと発動している故だったが、それは士にも当の満月にもわからないことだった。満月が遊び半分で素振りをするたび、戯れとは思えないほどの轟音が鳴る。まともに当たったら骨が折れるどころではすまなそうだ。