海と歌とキャンプと｜リアクション

海と歌とキャンプと

　銀色のスティールドラムに、ライトの光がキラキラと反射している。
　どきどきと鳴る心臓の音は、ステージに上がってもどきどきしたまま。むしろ速さを増してさえいるようにも思える。
　海辺のステージに加え、南国カリブの楽器とくれば、衣装は決まっている。

(い、一回でいいからしてみたい、って思ってたんや)
　もしも叶うならと思って持参していた水着を纏い、マリベル・ロイスは念願だったスティールドラムと共にステージに立っている。南国の太陽のようなスポットライトを浴び、波音のような拍手を耳にしている。
　深夜の飛び入り参加企画のためか、昼から夜にかけてよりは少し観客は少ないけれど、深夜まで残っている客は皆、夜になっても冷めない音楽への情熱を抱いているのだろう。ステージに立ち緊張する少女に向ける拍手はとても温かい。
　波音にも似た拍手を全身に受けて、マリベルはそっと深呼吸をする。スティックを手にお辞儀し、スティールドラムを叩き始める。
　柔らかな音色が響けば、胸に痛いほど轟いていた鼓動は嘘のように消えた。
(……うん)
　南国の太陽のように陽気にのんびり、マリベルは笑う。この音色で、自分の奏でる音楽で、
(皆にリラックスしてもらえればなあっ……)
　へへ、と笑みを零す水着の少女をトロピカルでご機嫌な音楽が包みこむ。
　一足早い夏空色した音楽のその次に、舞台に鳴り渡ったのは一転して激しいエレキギターの響き。
　ステージから引いた興奮気味のマリベルとハイタッチで交代して飛び出した次の飛び入り参加者のテンションは初めから頂点も有頂天に達している。
　スーツ姿で舞台の央に立ち、その瞳と同じ色をしたアメジストのスペルをいじったステージネーム『Akethyst』を名乗る青年アケーチ・タッマーキは漆黒の天使の如く妖しく微笑む。
「皆様の素敵パフォーマンスに私の胸は熱く疼いております……！」
　飛び入り出演の理由を高らかに宣言して、夜空にエレキギター情熱のままにをかき鳴らす。

「私もぜひ、魂の叫びを披露したく……！」
　真っ黒なスーツ姿とちょっぴり怪しい雰囲気を纏った美青年の登場に、観客からはやんやの喝采が沸いた。拍手を浴びて、Akethystの笑みはますます深く艶を帯びる。テクニシャンな指使いで激しくギターの弦を鳴かせ、胸の熱に任せて即興で創り上げた曲を歌う。

新たな一面　新たな質感　狂おしい眼差し　私を射抜く
貴方を刻みつけて　私のこの身に
時が流れても　また巡り合わせて　また愛してると　言わせて

　激しい旋律に乗せるのは、聞くものを身震いさせるほどに艶やかな声。声にも増して妖艶な佇まいに、客席は一瞬静まる。甘美な溜息じみた最後の声が夜に消えて、次には歓声と拍手が客席を満たした。
「……ふ、ふふ」
　己を受け入れる喝采を全身に浴びて、アケーチは堪えきれぬ含み笑いを唇から漏らす。
(あぁ、気持ち良いです……！)
　ステージに立ち、楽器を奏でることも思うさま声を放つことも、
(クセになってしまいそうですね)
　愛をこめた投げキッスを残し舞台袖に下がるアケーチに続いて舞台に立つは、夕暮れの頃に男子高校生との即興セッションを聞かせたフィンレイ・ランカスター。
　舞台に残る熱気に静かな笑みを滲ませ、フィンレイは舞台の央に自らの手で椅子を置く。客席に向けロマンチックなほどに優雅な一礼を見せてから、椅子の具合を確かめ、ふわりと腰掛ける。再びの弾き語りのスタイルで奏でるのは、
　――あの！　もし良ければ……！
　真っ赤な顔でファンだと告げて来たイベントスタッフに乞われた一曲。『Sandalphon』として最後に出したミニアルバム『風呼びレコード』のボーナストラック曲。
　アルバムの中には、曲と曲の間にフィンレイと『Sandalphon』のもう居ないもうひとりの些細な話し声や笑い声がそのまま紛れ込んでいたが、
「……次の朝を呼ぶ子守歌に愛を込めて」
　囁くフィンレイの傍らに、あのとき笑い合った相棒の姿はもうない。
　それでも、フィンレイは変わらず音楽を奏でる。音楽を愛する人々が集うこの場所で、音楽を伝え続ける。

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