海と歌とキャンプと｜リアクション

海と歌とキャンプと

「っ、……」
　ステージの最中ずっと詰めっ放しだったようにも思える息を、紗雪幽は一気に吐き出す。
　――力になれる事あったら手伝うんで言ってください！
　勢い込んで言ったものの、まさか詳しくないステージのライトの手伝いを任されるとは思っていなかった。光源の明滅や明暗は機器のスイッチひとつで出来るとは言え、指示を受けてたくさんのスイッチを操作する作業は緊張の連続。ステージ上を動き回るアーティストをスポットライトで追う作業もやたらに気を遣う。
　その癖、ステージで繰り広げられるパフォーマンスはやたらと目を惹くものばかり。
(超かっけえ～！　クオリティたけえ～！)
　アーティストの動きをライトで追いながら、何度そう思ったことか。客席に見える女の子たちの熱狂に納得したことか。そうして何度、聞き入りかけてはバイト中だと慌てたことか。
(でも)
　あんなに良いパフォーマンスが見られるのなら、客席最前列で観たかったかもしれない。正面から観ればもっと楽しめたかもしれない。
(裏から観るのも悪くないけど)
　お疲れさん、とイベントスタッフのひとりに肩を叩かれ、幽は首を横に振る。
「いえ、いい経験ができました。あざっす！」
　休憩に入っていいよと言われ、幽はもう一度礼を言ってその場を離れる。今の間に屋台を回ってみよう。スタッフ仲間に屋台の飲み物とか食べ物とかを差し入れ用に買おう。
(疲労には甘い物と冷たいドリンクだよな)
　開幕前に仲間のひとりに教えてもらった『マジカルハロウィーン』でも覗きに行ってみようか。
　舞台裏を離れ、客席に出た途端、わあっという歓声が身体を包み込んだ。音楽が身体ぜんぶを震わせた。
「おー、超かっけえ～！」
　買い物しようと思ったことも一瞬忘れて立ち止まる幽の視線の先には、今しも始まった『Re』のパフォーマンス。
　足を止める幽から少し離れて、キャンプサイトから足早に駆けて来た鴻上彰尋が息を切らせて立ち止まる。

(間に合った)
　『情熱』の仲間たちともキャンプも楽しかったけれど、友人の悠月が『Re』として出演しているステージも観に来ようと思っていた。BBQの後片付けを済ませ、焚き火台に火を入れてうっかりのんびりと話し込んでいるうちに、肝心の友人のライブを見逃してしまうところだった。
　悠月の声が聞こえる。
　弾む息を整えることも忘れて、彰尋は眩しいステージで軽やかにステップを踏み、伸びやかな声で歌う友人を見つめる。
　ステージ上の友人は、いつもと違う色を纏って見える。常から人の目を惹く容姿の持ち主ではあるけれど、今はいつも以上に視線を奪われてならない。
　アーティストというのはそういうものなのだろうと、思う。そのパフォーマンスで人の視線を引き寄せ、心を奪う。
(……こっちには気がつかないだろうけど)
　悠月の顔がこちらを向いたように見えて、彰尋は思わず手を振っていた。
「どきどきする演奏ですね」
　客席に聞こえた少年の声に、彰尋は唇を笑ませる。
「新歓のときも決めてたケド歌ってる時は別人だな」
　並んで観客サイトに立つ呉井弦月の言葉に頷き、楢木春彦はステージ上の同学年の少年を見つめる。
「マジでプロなんだな」
　感心したような春彦の呟きを耳に捉えつつ、タイラ・トラントゥールはステージから眼を離せずにいる。
「歌綺麗ー……！」
　傍らで人込みにはぐれないようにと腕に掴まっている工藤歩夢もそれは同じらしい。
　華やかな衣装のアイドルに海外の人と日本人の二人組、ペストマスクと軍服二人のヴァイオリン協奏、音楽の系統がどれだけ違っても、どの音楽も綺麗だった。ステージに立つ誰も彼もが格好良かった。
「音楽って楽しいね、タッちゃん！」