奇店綺譚｜リアクション

奇店綺譚

「ん？　あー」
三ヶ島葵は人ごみの中、ぴょこぴょこと揺れ動くアホ毛を見つけた。
手を伸ばし、そのアホ毛をぐっと掴む。
「にゃあああいたたたたたっ！？」
ぐきっ、と真央の首が嫌な音を立てて曲がり、彼女の歩みを無理矢理止めた。
葵が掴んでいた真央のアホ毛を離すと、真央は頭をおさえてその場にしゃがみこみ、涙を浮かべて肩越しに振り向く。
「だ、誰なのだ……真央ちゃんのアホ毛を引っこ抜こうとするのはっ」
「やあやあ後木くん。こんばんはー。おや、そんな所に座り込んでどうしたのかなー？」
しゃがんでいる真央にひらひらと手を振り、無害そうな笑みを浮かべる葵。
「葵ちゃん？　真央ちゃんの大切なアホ毛に酷いことをしたのは葵ちゃんなのだ？」
「それをひっこぬくなんてとんでもないんだよー。私は今後木くんを見つけたばかりだしねー」
「じゃ、じゃあ誰が一体こんなひどいことをしたのだ……」
「そういえば私が来た時、後木くんの背後から立ち去る人影が見えた気がするよー」
下手人の葵はしれっとそんな事を言ってのけた。
しかし一言も嘘は言っていない辺り、葵らしい。
「うう……もし見つけたらその相手のアホ毛を引っこ抜いてやるのだ……」
真央は立ち上がり頭をさすりながら、真犯人は目の前にいるとも知らずにそう恨み言を言った。
「この三ヶ島葵にアホ毛はない！　と思っていただくんだよー」
「にゃ？　それは見ればわかるのだー」
真央はきょとんとした顔で葵を見る。
「そんなことより後木くん。後木くんも『喫茶店』探しなのかなー？」
「大正解なのだ。真央ちゃん、もっと猫まみれの幸せ人生を送るために『喫茶店』を探してるのだ」
そう言うと真央はその曰く『もっと猫まみれな幸せ人生』を想像したのか、よだれを垂らさんばかりにとろけた表情になる。
「その幸せなら半分ぐらい私にも分けて欲しいなー」
真央ほど血道を上げているわけではないが、葵も無類の猫好きである。
「ところで『後木くんも』ってことは、葵ちゃんも探してるのだ？」
「まあね。私は新聞部の取材も兼ねてるんだけどねー」
「そういうことなら２人で一緒に探すのだ！」
「うん、構わないんだよー」
そうしてアホ毛引っこ抜き未遂犯とその被害者は行動を共にするのだった。