平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

「お？　なんだ、あんなに本抱えて……」
　廊下で何人かの生徒とすれ違う。不思議なのは皆手に本を抱えていることだった。見知った顔を見つけて、桜井ラッセルは声をかける。
「おーい。旅鴉。何やってるんだ」
呼び止められた旅鴉月詠の持っている本はほんのわずかだ。一番下に自分の絵を敷いている。
「ラッセルか。これは曝書といって、本の虫干しをするところだ」
「ふーん。面白そうだな。手伝うか？」
「いや、意外にこちらは捗りそうだ。図書室では書籍の修繕が行われているから、そちらに行ってみてはどうだろうか」
「へえ……おもしろそうだな。ちょっと行ってみるよ！」
「うむ。案外楽しいかもしれない」
そう言葉を交わして、二人は別々の道を行く。
　ほどなくして、ラッセルは図書室にたどり着いた。室内にはたくさんの生徒がいて、ちょっと普段と違う雰囲気だ。気づいた早川珪先生が声をかける。
「やあ、桜井くん。貸し出しかな？　散らかっていてすまないね」
「いや、修繕とやらに参加したいなって思って……。俺もいいですか？」
「もちろん。歓迎するよ」
先に作業に取り掛かっている生徒たちの手元を見ていると、こまごまとした作業が多いようだ。自分もやってみたいという気持ちがいっそう強くなる。
「ここが開いてるから座るといい。初めてなら説明しよう」
三崎楚良がラッセルを呼ぶ。ラッセルは言われるままに席に着いた。向かい側には真辺伸幸と逆巻天野がいる。
「よっ、逆巻。真辺もいたのか」
「やあ。意外に細かいし、力も使うけど……だいぶ慣れてきたところだよ」
「やあ、さくく～ん。本癒し仲間になろーねぇ」
意外にも、男子生徒の数のほうが多い修繕班なのだった。

　そのころ、八神修は三階廊下で台車をごろごろと押していた。載っているのは緑色の巻き取り式ホースがいくつか。ホースリールにはでかでかと『園芸部』と書かれている。それと、ロープと買い物籠だ。屋上へ続く階段で台車を止めると、籠にロープを放り込み、巻き取り式ホースと一緒に抱えた。
「くそっ。俺の力ではホースは2個が限界か」
力仕事を省略するための力仕事に奮闘する修。なんとか屋上にすべてを運び終えると、巻き取り式ホースから、肝心のホースをはずしていく。リールの片面とシャフトをはずすと、ろっこんの力を使うまでもなくホースはきれいに巻かれたままはずれた。空になったリールだけを元通りにはめ込み、修は4つの即席滑車を作る。次に屋上フェンスにリールを次々と固定し始めた。滑車Bから滑車Cにロープを渡し、一回転させたロープを滑車Dに引っ掛ける。さらにそれを一番遠くの滑車Aにかけて引っ張った。
　次に修は滑車用の籠作りに取り掛かる。四隅にロープを結びつけ、吊り上げる形で固く結び合わせる。その先にフックを取り付けて、ロープの先にくくりつけたDカンに下げられるようにした。ひとつの籠を早速下げて、いつでも下ろせるようにする。ここで作戦のパートナーとなる伊賀解理にメールを送った。
『窓の外のロープと籠を持っておいてくれ。説明も頼む、見ればわかる』
すぐにわかった、という返信が届く。
「これでよし……と……ふう……」
手伝いを頼めばよかったとも思ったが、修の結論は『自分でやったほうが早い』であった。結局機構のすべてを自分で集め、組み立てた。すでに体力の大半を消耗している気がした。ロープを取り付けた籠を手に提げ、修はふらふらとフェンスに寄りかかった。