平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

　いつになくにぎわう寝子島高校図書室。ずらりと並ぶ本棚を背に、腕組みをしてすっくと立つのはこれから始まる曝書の発起人、桜崎巴。長身をさらに強調するロングスカートと、長い黒髪がただならぬ威圧感を発している。その横に立っているのは司書教諭の早川珪先生。隣にはなぜか野々ののこがいる。
「あー、これから曝書を始めるわけだが……こら、あんた。野々。向こうで話を聞いとくれ」
えー、と不満げなののこに早川先生はこっちだよ、と移るべき場所を促す。ののこはしぶしぶながら端の森蓮に並んだ。背筋を伸ばし、見事な起立姿勢を保つ蓮に感化されてか、ののこはびしいっと直立する。
「話を続けるよ。思った以上に協力者が集まってくれたことに感謝する。ありがとさん。そんじゃ、修繕班と曝書班に分かれてもらうよ。人数は決めないから、好きな方に参加してくれりゃいい。……た・だ・し！」
巴の不意打ちの喝が飛ぶ。
「ふざけたり、却って本を傷めたりしたらあたしが許さん。強制労働の刑に処す！　わかったね！」
どよめく一年生と対照的に、数少ない上級生、二年の氷雨潤一と三年の青龍寺琴理は穏やかな表情を浮かべている。巴が口上を述べ終わると、早川先生が言葉を続けた。
「今日はよろしく。ケガに気をつけながら無理せず進めていこう。修繕の仕方については僕が説明するからね」

「私は曝書と修繕の記録を行いたいです。パソコンに記録しておいて、重複がないようにしたいんです」
　恥ずかしげに、しかし誰よりも先に手を挙げたのは綾辻綾花だった。心なしか頬が淡く染まっている。
「そうしてくれると助かるよ。ではお願いしようかな」
「は、はい！　それと、今日だけでもお手伝いに来てくださった方のために、飲食スペースを設けることはできませんか？」
「うーん。作業中は許可するわけにはいかないけれど。こうしてはどうかな」
早川先生は端っこの閲覧机を二つ向かい合わせにくっつけた。模造紙をその上にテーブルクロスのように敷く。
「飲食はこの机の周りでだけ、着席して行うこと。食べた後は手を洗うこと。この部屋から持ち出しはしないこと。これが守れるならいいことにしよう」
生徒たちから歓声があがる。許可を得た綾花はうれしそうに、いそいそと猫をかたどったかわいらしいクッキーと、麦茶のボトルを用意した。ののこの目は、早くもクッキーに釘付けになっている。

「僕は曝書を手伝わせていただくとしよう」
　伊賀解理は小さな体で精一杯主張する。制服の上に羽織ったトレードマークの白衣は、ともすると本人よりも目立っていた。体格から考えると本に埋もれてしまいそうだが、意義を唱える者はいなかった。人だかりに気づいて、少し前に入室していた恵御納夏朝も参加表明をした。
「僕も曝書に立候補します。図書委員だし、手伝うのが当たり前でしょ」
作業に集中するために、手にはめていることが多い、ねこパペットをぺろりと外した。この少女、やる気である。
「はい。私は修繕班でお願いします」
おっとりと手を挙げたのは青龍寺琴理。参加者の中では唯一の三年生だ。学年だけが理由とは思われない、包容力のある大人っぽさを漂わせている。さらに同性がうらやみ、異性なら注目せずにはいられない女らしい色香が備わっているのだった。
「僕も参加させてくれ。本の扱いには多少心得がある」
銀髪細身の男子生徒は、古書店『月暈堂』の跡取り息子、鷺守昴だった。彼の発言は控えめに勘定しても、かなりの謙遜の部類に入る。古書に囲まれて育ち、インクの匂いから古びた紙の匂いまでをかぎ分けてきた、本については一家言を持つ存在だ。家業の手伝いをして来ただけあって体力もかなりある。紙は見た目以上に重いという事実を身をもって知っている人間でもあった。

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