平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

　後ろの出入り口からそうっと姿を見せたのは、小山内海だった。
（わあ。曝書、かぁ……）
せわしなく動いている生徒たちを見ると、少しだけ中に入るのがためらわれる。どうしようかともじもじしているところに、タイミングよく御剣刀が通りかかった。今までの内気な様子はどこへやら、海は刀の前に躍り出る。
『かたなくん！　つきあって！』
「な!?　何だいきなり!?」
文字で語る必要がある以上、海の言葉はいつも簡潔だということは誰よりもよく知っている。しかし、これはどういう意味なのか。刀は不覚にも大きく動揺してしまう。
『としょかんでばくしょをするんだっててつだおうよ』
「あ、ああ、そういうことか……。で、バクショってなんだ？」
『ほんをひにあてたりなおしたりするの』
「どこがバクなのかわかんねえな……まあいい、ほかならぬ小山内の頼みだ。行こう」
『ありがとう♪』
海の青い瞳が喜びに輝く。二人はそろってにぎわう部屋に入室した。

「お？　アーチャー。と新井か。よっ」
『ブリちゃんこんにちは』
　真っ先に目に入った友人に、刀は軽くあいさつする。海は親しいブリジットに言葉を見せた。
「あら。こんにちは、刀。それに海」
「おいーす。刀っち……」
爽やかに返答するブリジットに対し、すばるのテンションはどこかおかしい。目はぐるぐると回っていた。
「お、おい。どうしたんだ？」
「気にしないで。ちょっとすばるは頭がショートしてるのよ。そっちは？」
『ばくしょをかたなくんとてつだうよ』
「そういうことだ。俺は小山内の手伝い」
目をきらきらさせながら海がスケッチブックを掲げ、刀はそっけない風を装って答えた。なにかをキャッチしたブリジットの表情がしめた、というように変化する。
「へー、そお……図書委員のお手伝いじゃなくて、海の手伝いなのねえ」
「い、いや！　ちょっと間違っただけで」
『まちがってたの？』
にんまり笑うブリジットと、ひたむきに見上げてくる海の不安げな顔に挟まれる。刀は、絶体絶命の危機を勢いで乗り切ることに決めた。
「いやいや違わない！　じゃ、勉強の邪魔しちゃ悪いからまたな。小山内、行こう」
怪訝な顔の海を促しながら、刀は慌てて離れていく。二人の姿を生暖かい笑みと共に見送ったブリジットは、目の前の『生徒』の世話に戻った。
「"NOW, Watson,"とここでホームズは言うわ。訳は？　今だ、はだめよ」
「"さて、ワトソン君"でいいかな」
「正解。"Elementary, my dear Watson." ――この『基本だよ、ワトソン君』は実はドラマで作られた名ぜりふで、原作には一度も出てこないのよ」
「ふむふむ」
「それじゃ、次の"“we have half an hour to ourselves"を見ていきましょう……」