終末救世主　～夜は幻、閑かに開くもの～｜リアクション

終末救世主　～夜は幻、閑かに開くもの～

　雨、雨、降れ降れ。
　そんな歌を口遊み乍ら犬堂の敷地を歩む真央と馨一を振り返りつきは緩く微笑んだ。
　サキリの案もあり、外に出るならば『足』が必要だという事で、犬堂の家から馬を拝借できないかという申し出に「愚息が申し訳ない」と馨一の母は頭を下げた。つきの当初よりの疑問であった動物飼育園への出入りもその際に許可を貰っていた。
「動物飼育園っていうのは何を育てているんだ？」
「わしが知っているのは、この場所は父上たちの研究施設であったということじゃ」
　首を捻り、知っている知識を全て披露して見せるぞと意気込む少年につきは成程、と小さく頷く。
　外と同じように詳細を知る者は少ないのだというその施設にはつきたちが知るような兎や馬、豚などの生物が多数存在していた。そして、その中で彼女の目についたのは――

「狼」
　群れを成し、檻の中でぐるると喉を鳴らす獣の姿であった。
　獣――二足歩行の狼、人狼であるという推察を最初から持っていた蛇那伊にとっては結界の中で狼が飼われているというのは意外であった。
　あまり出入りはしないのだろう。狼の姿を見て「獣と似て居る」とサキリの背後へと馨一が隠れたのは仕方がない事であったのかもしれない。
「この獣は狼と言って……獣とは、似ているな。二足歩行と四足歩行と、その違いがありそうだけど」
「う、うむ。わしの家の敷地に四足歩行をする獣がおるとは……知らなんだ」
　ぶつぶつと呟く馨一に真央は「研究してるってことは、馨一ちゃんのパパ上が人が獣になる事について何かを知ってる可能性があるってことなのだ？」と首を傾いだ。
「その可能性はある。今日は父に会えないのなら日中に外の調査に出かけてからでも遅くなさそうだ」

「あまり暗くなってからだと帰れないかもしれないし。適当に準備を整えたなら外に向かいましょう？」
　いつ獣が襲ってきても良いようにと馨一の傍を離れないように心がける蛇那伊は「外に出たらあたしから離れないでね」としっかりと彼へと言い聞かす。
　こくこくと頷く馨一に「私の事もあまり頼りにしてくれるなよ。君に守って欲しい位だ」とつきは肩を竦めて告げた。
「そうなのだ！　馨一ちゃんのパパ上が危機に陥る理由はただ１つッ！　馨一ちゃんが捕まって言うことを聞かなきゃ命が激ヤバな時だと思うのだ。ゆえに真央ちゃんは馨一ちゃんの護衛をするのだ」
「わ、わしが危機に陥ると父上が……！？」
　さぁ、と馨一の表情から血の気が引いていく。真央はうんうんと頷いて準備済みの全身着ぐるみを馨一に手渡した。
「馨一ちゃんが外にでない方がパパ上の安全度は高いんじゃないかと思うのだ、でもそのままじゃいつまで経っても真相にたどり着かないのだッ！
　昔の人は言ったのだ、おケツに入らねばお痔を得ず、なのだっ」
「ちょっと色々字面がヤバいわね」
　胸を張った真央を見つめて瞳を輝かす少年の代わりに蛇那伊が真央へと告げた。馬、松明、様々な準備を整えるつきとサキリは情報の少ない外に関する知識を寄せ集める。
「占いは分かりにくいだけで真実の海綿木綿なのだ、誰でもなる可能性があるってことは、誰でも触れてるものだからだと思うのだ。つまり…この赤い雨なのだ」
「雨？　この雨か？」
　ぱちくり、と馨一が瞬いた。夜に外に出てはいけないと言われているが、雨の事について父に言われたことはなかったと彼は首を捻る。
　無論、好き好んで雨に濡れたがる人間はいない。ある程度傘などの自衛をして居ることが必要となるのだが――真央は降り続く赤い雨が大事なのだと力説する。
「赤い雨を浴びて一定量以上の変化が起こったら、最後の人狼化後押しをするのが月じゃないかと思うのだ、だから夜外に出ちゃヤバいって話になると思うのだ。だから雨を防いで自分が何者か忘れないために…これを着ると良いと思うのだ」
　自分が何者か忘れないように――
　その言葉に馨一は瞬いた。
　どこか、疑問が首を擡げたのだ。嗚呼、そうだ。雨は嫌なことを忘れさせてくれるから嫌いではないのだ。嫌な事だけを忘れさせてくれているのか？
「馨一ちゃんは馨一ちゃんのパパ上の正義の味方なのだ、それを忘れないためのかっくいー正義の衣装なのだ、真央ちゃんが猫なのと一緒なのだ」
「あ、ああ……わしも猫になるぞ！」
　かわいらしい猫のコスチュームに身を包んだ嫡子を連れて馬にまたがり外へと向かう。馨一は「まさかな」と小さく呟き、昼間から降る雨をゆっくりと見上げた。
　鼻先に落ちた水を拭い、何もなかったように装いながら。

「さあ、準備ができたら無策に雨が赤い理由を探しに行くのだ～」