夜は幻。
見えない物が――いいえ、見てはいけない物が見えてしまうのよ、と誰かが言った。
閑かな帷は何時になくぴたりと閉じられている。まるでこの夜にいけないものがあるかというように。
黒いインクを塗り固めたかのように暗雲立ち込める空は隙間より月の貌さえ見せないままに只の闇を見せている。
何処か遠くで聴こえた獣の鳴き声は耳朶を滑る事無く空っぽの脳を反響した。
ぼたぼたと振り荒む紅色の雨は血の様にべちゃりと音を立てる。いや、これはひょっとして雨なんかじゃなく血なのであろうか?
無機質な程に昏く染まった空の下、血色に染まった衣を脱ぎ捨てる様に一人、また一人と消えていく。
夜は幻。
まだ、見ぬ幻。
そして昇るは蒼褪めた月。
「起きて、起ーきーてー!」
布団の上で暴れるミューシャは金の髪を揺らし、昨夜の暗殺騒ぎで一仕事終えたばかりの救世主たちを叩き起こした。
ばたばたと暴れる小さな子供に叩き起こされた後なのだろう。「割と早起きなのね」と呟いた
黒依 アリーセは宗像 詔子(むなかた しょうこ)が準備した寝間着に身を包んでいる。
「それで? 何かあったのかしら?」
「あのねー、もうすぐー、ンン、ご神託が降りるよ! 折角、成果を残したんだから救世主(みんな)にも見せてあげたくって」
ふふん、と胸を張った小さな少女を見遣ってアリーセは普通の子供の様に見えるのに、と考え込む様な仕草を見せた。
この街は終末(エンディング)と言う。昔は街の名前があったらしいのだが詔子の識る歴史の中には書かれてはいない。
外を跋扈する『獣』達によって周辺の国家は滅亡し、今や人類が存在するのは終末だけだと言われている。
それ故に閉鎖的な国はアリーセ達で言う処の『和風』なのだが――ミューシャはその名も、外見も西洋の風貌を持っている。
(彼女が外の人間だという情報は入ったけれど……外? 獣が跋扈しているのに……?)
朝餉の準備を整えたのだろう。救世主達を叩き起こしに回るミューシャの背後で肩を竦めた詔子はアリーセ達、救世主を見下ろしている。
「神託が降りるって聞いたのだ! それより、朝ごはんもバッチリなのだ。お魚ってどこから取れるのだ? 海とかあるのだ?」
「海……というものは見たことありませんが何処からか魚が供給されるのですよ」
はて、と首を傾いだ詔子に
後木 真央はぱちくりと瞬いた。「海……知らないのだ?」と首を傾いだ彼女に曖昧な表情で頷いて。
霊刀まほろばを通じてこの世界に呼び出された真央たちは『救世主』の呼び名を甘受している。言わば、彼女たちを一つに纏め呼ぶのに相応しい固有名詞なのだ。
広い居間の誕生日席にちょこりと座ったミューシャに視線をやって救世主たちは小さく息を飲む。
座布団を幾重にも重ねて座った彼女はコレより何らかの神託を降ろすのだという。唇を引き結んだ詔子は緊張した面差しでまほろばを撫でる。
「まほろばちゃんは神託(いう)よ。きっと今日は平穏(ふつう)じゃないんだよ」
「ふつう……?」
ぱちくり、と瞬いたのは誰でもない。救世主たちだ。
霊刀『まほろば』の意思で呼ばれた救世主たちにとって、その神託は重要なキーとなる。文明の違いや衣服の違いを乗り越え、一晩の『暗殺事件』をクリアしたばかりの救世主たちには拍子抜けの内容だった。
「ミューシャの神託、あんまりだったー?」
「い、いいえ……その」
「おっかなびっくり聞いたけど、結構簡単な内容だったのだ」
その言葉にミューシャはけらけらと腹を抱えて笑った。
真央の言う様に、今回の神託は具体的な内容は含まれていない。只、何かを予見するかのような気配だけは感じさせていた。
そう、意味もなく神託が降りたわけではないのだ。朝から降り続く赤い雨の中、玄関扉を開いて聞こえた『ごめんください』の声。
「早朝に申し訳ありません。私、百目鬼の遣いでやってまいりました」
朝食を取りながらで結構ですと頭を下げた百目鬼家の遣いの女は神妙な表情をして、本題へと入る。
昨夜、百目鬼当主を襲撃した獣の内、月の中で、獣より人の姿に戻った盲目の男――芦澤 庸一――を座敷牢に幽閉しているのだという。
「もしも、救世主様たちがご興味がございましたら屋敷にて面会できるとのことで」
内密の話だという女は戸惑う様に声を震わせた。
「後……」
「どうかしたの?」
「後……私と共に屋敷にお邪魔させていただきました子供がおりまして」
戸惑う女の言葉に詔子は首を傾げる。確かに、女を招き入れた時、10ほどの子供が一緒だったのだ。
「うむ。案内(あない)させたぞ! わしに遣われて光栄だという話か?」
「犬堂様――!?」
そこに居たのは犬堂 馨一(けんどう けいいち)。詔子と同じく、四大盟主に名を連ねる犬堂家の嫡男だ。
子供らしい丸い瞳に嬉々とした色を乗せ、「わしからそちらに頼みがあってきた!」と少年は尊大な態度で告げる。
「一つ頼まれてくれ。
次に狙われるならわしの父上、犬堂 康助(こうすけ)、そのお人に決まっておる。じゃから、父上を護りたいのじゃ!」
堂々と告げた少年に救世主たちはぱちくりと瞬いた。確かにその通りなのだが……少年の言葉には続きがあったからだ。
「手始めに、救世主。そちとわしで――何と言った? じんろう……? ――人狼究明隊を結成しよう!
何なら、外に出てもよい。どのみち、流浪の民の神託も当てに並んであろ?」
流浪の民――外から来たものをこの世界ではそう呼ぶらしい――であるミューシャは面白くないと唇を尖らせる。
彼に従えば様々な情報を得られるかもしれない。
『外』に出るのならばタイムリミットは夜。また蒼い月が昇り、人狼が動き出すまでだ。
それ以上は危ない。何が起こるのか想像がつかないからだ。
「それじゃ、一緒に『探検』するのだ? 任せろなのだ!」
――さあ、救世主様。今日は平穏じゃないのですよ。
日下部あやめです。宜しくお願い致します。
救世主(みなさん)の力をお借りしたく。
前回ご参加いただいた方も、前回参加してらっしゃらないPCさんも是非救世主になってください! 『終末』は沢山の救世主を待ち望んでいます。
終末救世主
こちらのシナリオは『終末救世主』シリーズと題し、ある異世界の謎に迫ります。
寝子島から突如、異世界へと呼び出されることなった皆様は異形の脅威と、相次ぐ暗殺事件により崩壊を目前とした終末を目の当たりにします。
かの世界の謎を解き、どうぞ『終末』への救いを与えてください。
ろっこんの力は通常よりも強力に作用する場合があります。
シナリオ概要とアクションで出来ること
異世界『終末』(下記参照)へと霊刀の力によって誘われた皆さんには、この世界を護って頂きたく思います。
ディストピアと化したこの異世界では獣が跋扈し、島国であった『終末』という街に身を寄せあって過ごしています。蒼褪めた月が昇り続け、赤い雨が降る奇妙な世界です。
今回のシナリオでは犬堂 馨一少年と世界の謎を詳らかにすることを中心にお考え下さい。
・人がなぜ獣になってしまうのか?
・外とは何なのか?
・外から来たという流浪の民とは何なのか?
・どうして四大盟主を狙うのか。
……等、『終末』には謎が沢山あります。その様々を詳らかしてください。勿論、独自で気になる事の捜査も大歓迎です。
【1】馨一の護衛
詔子の許へ救世主を貸して欲しいという要請がありました。
彼は暗殺事件で次は己の父・犬堂家当主が狙われることを恐れ、先回りしその脅威を払おうとしています。
つまり、獣の群れがいる、外にでたがっている――ということです。
また、頼めば犬堂家の動物飼育庭園に入ることもできます。
基本的には子供でお気楽な性格のようですのであまりお役には立ちませんが権力は十分ですので様々な場所で重要な行動を行うことが出来ます。
【2】詔子の護衛
夜の街を徘徊し、出来得る限り霊刀の当主として街の守護の任を果たそうとする詔子と共に獣を討伐します。
獣に関して得た情報を整理する必要があると言う事で救世主と語りたいと詔子より提案がありました。
場所は変わらず宗像家。その後、情報を元に夜の警備にあたる行動指針を持っていますがPCより提案があれば行動を変更します。
また、詔子の目的は『守護』なので、獣への対応を中心とする為に情報収集を中心にする場合は下記、【3】をお選びください。
【3】情報収集、及び、街の散策
日本と同じ様で違う奇妙な街並みの散策を行えます。
夜は獣が跋扈している為、戦うか逃げるかが必要となりますが……。
また、情報収集を中心に行うこともできます。街の人々や、将軍の住まう中央街にある図書館などを探索する事も可能です。
将軍の謁見については馨一に提案することで4区画のうち3区画の当主の許可が得られるために叶う可能性があります。
各種情報
★ここはどこ?
ここは日本に良く似た異世界の街『終末(エンディング)』です。
島国であったこの街以外の国々は『獣』の脅威で滅び、最後の都市としてその名を得ています。
4本の霊刀の力により、霊脈を活性化させた事で結界のような薄い壁(出入り自由)を作りだしました。
その為、終末の中では獣は弱体化し、生態を脅かされる為、人間が倒す事が出来ます。
最近は、より強力な力を持つ獣が目撃されています。
詔子曰く、「霊脈の加護の無い外は行けない事は無いが危険が大きい」とのこと。
外が現状どうなっているのかを彼女は知らないようです。
何処か和風な雰囲気を感じる街ですが、現代日本と旧き時代(明治程度)が入り交じった様な文明を所有しているようです。携帯電話やテレビなどの電子媒体はありますが、建物は木造建築が多く連なり衣服は和服。洋服を着ている人は稀です。
5つのエリアに分かれており、将軍の住まう中央街、それぞれの盟主が統治する東西南北の街が存在します。
当シナリオでは宗像家の南と、百目鬼家の西、犬堂家の東、中央街の地図が手渡されています。
北の三ツ扇家とは未だエンカウントしていません。どのような人間なのかは解らないと詔子は言います。
★PCの立場は?
皆様は現状では、霊刀に選ばれ霊脈から呼び出された強き力を所有する救世主であり宗方家の客人とされています。
神託の巫女ミューシャからは百目鬼氏を護った事でそれなりに理解と信頼を置かれているようです。
犬堂家からは興味を持たれているようで、嫡男の護衛など任される任務は比較的重めです。
前回、描写はなかったけど実はそこにいた、という設定にもできますし、
今回初めて召喚されたという設定にもできます。皆さんは『まほろば』から呼び出されたので今回召喚された方も救世主と呼ばれます。
★登場人物
・宗像 詔子(むなかた しょうこ)
年は20代前半程度。皆さんを呼ぶ事となった霊刀『まほろば』を護る宗像家当主。
男児が告ぐべき『霊刀四大盟主』の一角の生き残り。まだまだ半人前。戦闘能力は強くありません。
・百目鬼 辰彦(どうめき たつひこ)
年は30代半ば。霊刀『八岐』を護る百目鬼家当主の男性。
『質の違う獣』を救世主性質により捕らえるに至った事で、『人狼(※救世主たちが持ち込んだ知識)』という新たな情報を手にしています。
・ミューシャ
詔子宅に居候している幼女。将軍様とも懇意としている神託の巫女。霊刀の言葉を聞く事が出来ます。
暗殺術に長けており、詔子のボディーガードを行っているようです。
流浪の民と呼ばれ、四大盟主たちに守護されない人間なのだそうです。
・犬堂 馨一(けんどう けいいち)
11歳。遊びたい盛りの小僧。仕立ての良い着物を身に纏い、帯刀していますがまだまだです。
戦闘能力は高くありませんが救世主たちに興味を持ち、言う事は基本的に聞きます。
・芦澤 庸一(あしざわ よういち)
月の夜に、獣から人の姿となったところを捕縛され、現在は百目鬼家の座敷牢に幽閉されています。
・『霊刀四大盟主』
終末を『終わらせない』為に作られたと言われる四本の霊刀を守護する家の当主のことです。
まほろばの宗像家、八岐(やまた)の百目鬼家、鬼切(おにきり)の犬堂家、布津(ふつ)の三ツ扇家。
それぞれが終末を守護する任を担っていますが、最近は霊刀四大盟主を狙う暗殺事件が多発しています。
★現在の脅威
・獣
個体により姿は変化しますが、二足歩行をする狼男が主流の様です。
終末内では、霊刀と霊脈により力を制御される為、ある程度は倒せるように弱体化されています。
高い生命力を要し人々を喰らいますが知性は余り高くありません。
詔子の言う様に『姿を見られた為に人の目玉を抉り出す』など到底無理でしょう。
基本的には物理攻撃を主としています。
ミューシャ曰く、『人は誰しも獣になる』そうですが、異世界の人々(PC)は救世主であるために適応されないとのことです。獣は減らしても増えるため、対策に追われているらしいです。
獣が現れる時、蒼褪めた月が昇り、何処からともなく雄叫びが聞こえ、誰かが行方不明になるのだそうです。
獣の中には種類や段階、格があるようですが、まだまだ不明なことばかりです。
★追加情報
・人狼であった芦沢を捕らえた事で『何らかの理由で人が獣になる』という事が判明しています。
・外に居る知性の低い獣は熊等と同じく、動くものに本能的に襲い掛かる習性をもつようです。人を喰らう事にも戸惑いはありませんでした。
・中で行動する獣たちは『危機』を察知し、『何処からか聞こえた笛の音』で統率されているようです。
★武器の調達
宗像家や百目鬼家にある霊刀以外の刀や武器は自由に使用していいとのことです。
また、獣が跋扈する世の中である為か、安価な武器が流通しています(威力は値段相当)
荒廃した世界、外に歩き回るのは無数の獣達。
新米当主と霊刀『まほろば』と共に、どうか世界の謎を解いてください。