雨が降る――それは、無機質な空色ではない、赤く仄かに色付く雫だった。
ぼたぼたと降り荒む雨の中、一人のおんなが走っている。居場所を知らす様に大きく鳴った下駄を煩わしいと脱ぎ捨て、動き辛い衣を不躾にも抱え上げた彼女は額に汗を滲ませて走り続けている。
規則正しく軒を連ねた街並みを、おんなの身には少し重たいであろう剣を腰に携えて彼女は只、走っていた。
嗚呼、ここまでだろうか。
脳裏に過ぎった絶望は、安直な死を感じさせた。
彼女を追い回す獣は夜になると動き回り、人々を喰らう。
その為だろうか。街は日暮れより時間もそう経ってはいないというのに伽藍堂としている。
「奇奇怪怪、面妖な生物と鬼ごっこか……お困りのようだね?」
ぐぱりと宙に穴をあけ弾丸が降り注ぐ。獣の身を引き裂くその弾丸に慟哭が響き、息をついたおんなが額の汗を拭った。
おんな――宗像 詔子(むなかた しょうこ)が見上げた先で
旅鴉 月詠は赤い瞳を僅かに細めた。
***
この世界は月詠が居た寝子島とは違う時空、異世界にあたるのだそうだ。
固く鎖した門の中、徘徊する獣の声を聞きながら屋敷の広間に招き入れた詔子は彼女の装いに首を捻る。
「それは……皆様の世界では流行している衣服ですか?」
「洋服って言うんだけどさ、宗像さん達のセカイには無いのかな」
服飾を学ぶ
滝原 レオンにとっては、また違う文明である事が物珍しかったのだろう。
着物と称するに相応しい、しかし、何処かアレンジされた様なデザインの『和装』に物珍しげに彼は瞬く。
こくりと頷いた詔子は文明レベルでレオンや月詠が居た時代と此処は違うのだろうと口を開いた。
この街は終末(エンディング)と言う。昔は街の名前があったらしいのだが詔子の識る歴史の中には書かれてはいない。
外を跋扈する『獣』達によって周辺の国家は滅亡し、今や人類が存在するのは終末だけだと言われている。
獣達は生命力が強く、生半可な攻撃では到底死に至る事がない。
終末に逃げ延びた人々によって対抗策が講じられた――この国に伝わる霊刀を使用し、獣の能力を封じ込めんとしたのだ。
「私達は古くから将軍様が守られた四刀を終末の東西南北に配置しました。
霊脈を護り、四刀の力を強大にし、獣の能力を抑え込み撃退しております。
……だからこそ、獣達の脅威から終末は逃れる事が出来ているのです」
先程、私を襲っていたのが獣ですと詔子は続ける。
獣の姿や能力は個体によって違う。しかし、終末の中でなら攻略方法がある筈だと詔子は続けた。
「生命力スゲー強いって事だよな……?」
「そうなりますわね。わたくし達には終末の外で獣を倒すのは到底不可能だと考えられておりますわ」
赤い雨の降り注ぐ軒先を眺めた詔子は小さく息をつく。
ホラーに耐性の無いレオンは小さく震え、怯えた様に「怖ェ」と呟いた。
「……で、どうして呼んだのかね」
荒廃する世界に呼ばれた理由を問い質さんと月詠は怜悧な瞳を細める。
この世界と関係の無い自分達がこの場に居る理由――それを識るから『文明の違い』や『衣服』について触れたのだろうと月詠は推測していた。
「うんうん。ショーコが呼んだってよりも『まほろば』ちゃんが呼んだって感じッポイかなかな?」
「!?」
血の気の引いた様な表情でレオンが息を飲む。気配なく彼の隣に座っていた小さな少女はアレンジされた紅色の衣を揺らしゆっくりと立ち上がった。
「ミューシャは分かるよォ。そーいうレーカンみたいなのがあるからネッ!
おねーちゃんもおにーちゃんも『まほろば』ちゃんが呼んだんだよ」
「ま、まほろば……?」
それ、とミューシャが指差したのは詔子の膝に乗せられた『霊刀』と呼ばれる一刀。
霊刀まほろばが霊脈から救世主を呼び出した。
「獣を倒せってことかよ」
「んーそれもあるなあ。獣は
駆逐しても、増えるからネ」
増える、と反芻したレオンの脳裏に過ぎったのはゾンビ映画などのパンデミック。
確証を得られない以上、混乱を避ける様に言葉を飲みこみ、ミューシャの言葉を促した。
「終末が終わらないで居れるのは、霊刀四振りのお陰なんだよォ。
でもね、最近、それが脅かされてるの~。怖い! だから、まほろばちゃんが助けてってしたの」
霊刀は言葉を発しない。
それでも分かるのだとミューシャはにんまりと笑ったまま赤い雨の降る庭へと降り立った。
「まほろばちゃんは神託(いう)よ。霊刀の持ち主は、みぃんな、殺されちゃうんだ」
霊刀四大盟主達が殺されるという神託を霊刀まほろばは告げたのだという。
その言葉に、詔子が身を固くする。霊刀まほろばを所有する詔子もその一角に当たるのだろう。
「わたくしの父母は何者かに惨殺されました。半人前のわたくしと、まほろばだけが取り残されたのです。
……まほろばを狙う危機は確かに存在しておりますわ。
わたくしがこうして平穏無事にいるのもミューシャが守ってくれているからこそ。
しかし、……危機はわたくしだけに訪れる事ではないのです」
震える声音でおんなは色付く唇に言葉を乗せる。
「一晩で良いのですわ。明日の夜、まほろばが予言する暗殺のターゲットである西の当主。
百目鬼 辰彦(どうめき たつひこ)おじ様を御守り頂きたいのです」
暗殺者は何処に居るのかは分からない。
獣に殺されたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
以前の暗殺事件のターゲットである詔子の父母『宗像前当主』が殺された際の情報がヒントとなるだろう。
大きな蹄と食い荒らされた両親の死骸が残されていたのだそうだ。
獣の仕業であろうと街では実しやかに囁かれている事ではあるが詔子はそうは思わないと月詠へと告げた。
「人の仕業と?」
「ええ。狡猾な所業。獣の行うことではありませんわ」
詔子思い出すかのように、口にした。
幾年か前の冬の寒い日。屋敷に『まほろば』と自分を残した父母は共として2人の男と共に郊外へと獣を退治しに出て行った。
結果として、父母の身体は『生きた儘』食われ、男達は両眼を抉り取られていたのだと言う。
「お嬢さん、アレは素早い獣ですよ。呻き声が聞えました」
「先に両眼をやられちまェば、旦那と奥様がどうなったのかなんて分かりゃしねェ」
二人の男は怯えたまま口にしたのだ。
獣の仕業だと――抉りとられる瞬間に見た毛むくじゃらの腕は獣の物にちがいめェと。
「獣には高い知性などありませんでしょう? 見間違いでは?」
「いいや、いいや……お嬢さん。ありゃァ、獣ですよ……」
父母の遺体は食い散らかされ、男二人に聞こえたのは叫声と獣のうめき声だけだったという。
「わたくしは
それを獣の仕業だとは思いませんわ」
堂々とした佇まいで告げる詔子にレオンは「でもなぁ」と頭を掻く。
「その男二人が獣の仕業って言ってたんだろ? なら、それを信じるのが――」
「……わたくしは、獣と呼ばれるものに、その様な知性などないと思っているのです。
獣を研究するおじさまを次のターゲットとしたのも何かの思惑が働いているとしか思えない……」
疑い深い性格なのだろうか。父母は単純な獣になど負けやしないという強い自負があるのだろうか。
詔子は当時、同行した二人の男の証言を再度、聞きに行こうではないかとレオンへと提案した。
「一人は獣に喰われ亡くなりましたが、もう御一人であればお話しを聞く事ができますわ」
父母が亡くなった謎が気になるならば幾らでも調査の共をすると詔子は告げた。
街の中で獣を討伐しながら情報を集めるのも出来得る限りならば手伝おうと彼女ははっきりと言う。
「これは、わたくしの勘違いかもしれない。でも、お話ししておきたいことなのです。
お父様もお母様も、
人の悪意に殺されたとわたくしは考えております。
獣は、本当にケモノと呼ぶにふさわしい存在なのでしょうか?
……わたくしたちは、此処に生きる全ての人は、『彼ら』の事を何も知らないのです」
皆、怯えて暮らし続けているだけ。
人とは違うという脅威がすぐ傍に存在している――だからこそ、不安を抱く。
だからこそ、『まほろば』は救世主をこの世界へと呼びこんだのだ。
――救世主様、どうか、この世界の平穏をお守りくださいませ。
日下部あやめです。宜しくお願い致します。
世界を救う救世主へとなりませんか。
終末救世主
こちらのシナリオは『終末救世主』シリーズと題し、ある異世界の謎に迫ります。
寝子島から突如、異世界へと呼び出されることなった皆様は異形の脅威と、相次ぐ暗殺事件により崩壊を目前とした終末を目の当たりにします。
かの世界の謎を解き、どうぞ『終末』への救いを与えてください。
ろっこんの力は通常よりも強力に作用する場合があります。
シナリオ概要とアクションで出来ること
異世界『終末』(下記参照)へと霊刀の力によって誘われた皆さんには、この世界を護って頂きたく思います。
ディストピアと化したこの異世界では獣が跋扈し、島国であった『終末』という街に身を寄せあって過ごしています。蒼褪めた月が昇り続け、赤い雨が降る奇妙な世界です。
今回のシナリオでは暗殺者に狙われると霊刀が予言した『百目鬼家当主』の保護を中心にお送りします。
【1】辰彦の護衛
詔子の依頼通りに百目鬼家の当主、辰彦の護衛にあたります。
彼へは詔子より連絡がついており、異世界からの救世主を快く迎えてくれるでしょう。
詔子の両親が殺された事件についての詳細を知っています。
護衛では、獣に襲われる事が多くなります。その為、どの様に対処をするかを重視してください。
【2】詔子の護衛
夜の街を徘徊し、出来得る限り霊刀の当主として街の守護の任を果たそうとする詔子と共に獣を討伐します。
獣の情報を得る事が出来る可能性も有りますし、辰彦の暗殺を防ぐ何らかの情報を得る事が出来るかもしれません。
詔子へと提案をすれば数年前に、父母の共をした盲目の男との面会が可能となります。
面会を行う場合は何を聞くかなど焦点を絞った方が適切でしょう。
また、詔子の目的は『守護』なので、獣への対応を中心とする為に情報収集を中心にする場合は下記、【3】をお選びください。
護衛では、獣に襲われる事が多くなります。
また、詔子の目的も獣の討伐の為、獣と相対する場面が必然的に多くなります。
どの様に対処するか、獣と相対する機会が多い為、着目点などを重視して下さい。
【3】情報収集、及び、街の散策
日本と同じ様で違う奇妙な街並みの散策を行えます。
夜は獣が跋扈している為、戦うか逃げるかが必要となりますが……。
また、情報収集を中心に行うこともできます。街の人々や、将軍の住まう中央街にある図書館などを探索する事も可能です。将軍への謁見は今回は出来ません。
各種情報
★ここはどこ?
ここは日本に良く似た異世界の街『終末(エンディング)』です。
島国であったこの街以外の国々は『獣』の脅威で滅び、最後の都市としてその名を得ています。
4本の霊刀の力により、霊脈を活性化させた事で結界のような薄い壁(出入り自由)を作りだしました。
その為、終末の中では獣は弱体化し、生態を脅かされる為、人間が倒す事が出来ます。
(最近は、より強力な力を持つ獣が目撃されているとのことです ※PL情報)
詔子曰く、「霊脈の加護の無い外は行けない事は無いが危険が大きい」とのこと。
外が現状どうなっているのかを彼女は知らないようです。
何処か和風な雰囲気を感じる街ですが、現代日本と旧き時代(明治程度)が入り交じった様な文明を所有しているようです。携帯電話やテレビなどのは電子媒体はありますが、建物は木造建築が多く連なり衣服は和服。洋服を着ている人は稀です。
5つのエリアに分かれており、将軍の住まう中央街、それぞれの盟主が統治する東西南北の街が存在します。
当シナリオでは宗像家の南と、百目鬼家の西、中央街の地図が手渡されています。
★PCの立場は?
皆様は現状では、霊刀に選ばれ霊脈から呼び出された強き力を所有する救世主見習いとされています。
半人前の詔子にとっては心強い救世主様ですが、
神託の巫女であるミューシャは百目鬼氏を守れるかどうかで品定めをする意思が感じられます。
★登場人物
・宗像 詔子(むなかた しょうこ)
年は20代前半程度。皆さんを呼ぶ事となった霊刀『まほろば』を護る宗像家当主。
男児が告ぐべき『霊刀四大盟主』の一角の生き残り。まだまだ半人前。戦闘能力は強くありません。
・百目鬼 辰彦(どうめき たつひこ)
年は30代半ば。霊刀『八岐』を護る百目鬼家当主の男性。
獣に関する研究も行っているようです、が、最近は凶暴化する『質の違う獣』が現れた為、思う様に研究は進んでいません。
今回、暗殺事件のターゲットにされているようです。
・ミューシャ
詔子宅に居候している幼女。将軍様とも懇意としている神託の巫女。霊刀の言葉を聞く事が出来ます。
暗殺術に長けており、詔子のボディーガードを行っているようです。
どうやら、外から来たようですが……?
・芦澤 庸一(あしざわ よういち)
年は五十手前。詔子の父母の共をし、『獣に襲われたのだと証言を残す』男。
両眼が抉り取られ、視力を喪っている為に言葉や空気感には過敏な反応を示します。
・『霊刀四大盟主』
終末を『終わらせない』為に作られたと言われる四本の霊刀を守護する家の当主のことです。
まほろばの宗像家、八岐(やまた)の百目鬼家、鬼切(おにきり)の犬堂家、布津(ふつ)の三ツ扇家。
それぞれが終末を守護する任を担っていますが、最近は霊刀四大盟主を狙う暗殺事件が多発しています。
★現在の脅威
・獣
個体により姿は変化しますが、二足歩行をする狼男が主流の様です。
終末内では、霊刀と霊脈により力を制御される為、ある程度は倒せるように弱体化されています。
高い生命力を要し人々を喰らいますが知性は余り高くありません。
詔子の言う様に『姿を見られた為に人の目玉を抉り出す』など到底無理でしょう。
基本的には物理攻撃を主としています。
ミューシャ曰く、『人は誰しも獣になる』そうですが、異世界の人々(PC)は救世主であるために適応されないとのことです。獣は減らしても増えるため、対策に追われているらしいです。
獣が現れる時、蒼褪めた月が昇り、何処からともなく雄叫びが聞こえ、誰かが行方不明になるのだそうです。
獣の中には種類や段階、格があるようですが、まだまだ不明なことばかりです。
増える理由はまだ分からないようですが……?
★武器の調達
宗像家や百目鬼家にある霊刀以外の刀や武器は自由に使用していいとのことです。
また、獣が跋扈する世の中である為か、安価な武器が流通しています(威力は値段相当)
荒廃した世界、外に歩き回るのは無数の獣達。
新米当主と霊刀『まほろば』と共に、どうか世界の謎を解いてください。