妖怪トレペちぎりの謎｜リアクション

妖怪トレペちぎりの謎

「まず情報を整理しよう。このままじゃ、トイレ事情が悲惨なことになるからな。特に運動部」
御剣刀の議題提起に、うんうんと小山内海、桜庭円がうなずく。弘明寺能美子からの視線は相変わらず痛いが、その原因をあえて追求するのは避けよう、避けないと何かまずい、と刀は思った。円からさりげなくにゃーくんを渡され、常備の煮干しをかじらせてやりながら続ける。
「まず、なぜトイレットペーパーに固執するのかだ」
『へんだよねなんでこんなことするのかな』と海。
「にゃーくんもさっきカラカラしてたよ。面白いからじゃない？」これは円。
（紙じゃないといけない理由があるんじゃない？）
と思った能美子はまだ発言しない。
「それと犯人の目的だが……人間の常識が全く通じていないように思う。遊んでいるのか、掃除しようとしているのかわからないが、野生動物の類じゃないかと思うんだ」
刀の推論にうなずく女性陣。そこに校舎の朝掃除を終えて外回りに出た用務員の長南武治が通りがかった。姿を見止めて、すかさず刀がその愛称を呼ぶ。
「こんにちは。チョーさん、ちょっといいかな」
「やあ、皆さん。さては犯人探しだね」
チョーさんはすでに何人かの聞き込み対象になっているのだろう。心得たとでも言いたげにいたずらっぽく笑っている。
「はい、まあ。犯人が出入りできそうな場所、心当たりはありますか？」
「うーん。上の窓はいつも開けているけどね。面格子があるから人は入れないねえ」
「上の窓か……小さな生き物なら入ってこられるな」
眉根を寄せ、しばし考え込む。いつになく頭脳派としての働きを見せる刀だった。
『どうぶつはよくみますか？』と海が問う。
「ああ、もちろん。山が近いからねえ」
「餌付けしたり、世話したりしている動物っている？」と、円も質問を重ねる。
「それやっちゃうと、ここに住み着いちゃって学校を汚すからねえ……」
「どんな動物を見かけるか聞いていいですか？」
そうだねえ、と右上をちらりと見やりながらチョーさんは答える。
（あ、意外……って思っちゃだめかな。チョーさん左脳タイプだ）
と海はこっそり考えた。その海の手元ににゃーくんが渡る。
「まず猫だね。それとたまにだけど犬、カラス、タヌキ。ハクビシンなんかも来るんだよ」
「うわぁ。意外といろいろいる……」
動物の線が強いが、どの動物か、水はどこから来るのかはわからないままだ。ごめんね、今から部室棟のトイレをきれいにするからねえ、とチョーさんはその場を後にする。残された四人の昼休みタイムもあとわずかとなってしまった。
「ねえ、あの水ってどこから出てきたのかな？　蛇口はなんともないみたいだったし、ひょっとしてろっこんで水を？　うーん……わかんない！」
最後の、そして最大の問題を口にしたのは円だった。子供っぽく無邪気に見える彼女だが、時々恐ろしいほどの冴えを見せることがある。だが、今度の事件ではその考えも上手くまとまらないようだった。考え込む一同を、ついに発せられた能美子の言葉が打つ。
「体から、水が出てた」
刀、円、海ははっとする。体から、水だって？
「爪と、黒い毛というか……。羽かもしれない。そこから、ずっと水が出ていた。私はそれを見たの」
それが彼女の推理か、力なのか。能美子はそれ以上を語らない。
「そして、濡れた爪でトイレットペーパーを片っ端から引き裂いてた」
『どうぶつだねまちがいないよ』
海は確信を持ってうなずき、能美子ににゃーくんを抱かせた。戸惑いながら受け取った子猫は、能美子に全幅の信頼を置き、腕の中にすっぽりとおさまる。不機嫌そうに見せている顔に、ほんの少しだけ朱が差した。