異能バトルは鏡映しのなかで｜リアクション

異能バトルは鏡映しのなかで

■一瞬のためにある一千年
　ファッション誌を開いて歩く尾鎌蛇那伊。
　中央線をまっすぐにゆく彼の足下を、火花を散らして滑るものがあった。
「あら、ゴミのポイ捨てはダメって教わらなかったのかしら」
　視線だけを動かして、滑ってきた物体を見やる。
　それはエンジンの止まったスクーターだった。走行していたわけでもない二輪駆動車が事故でも起こしたようにスリップアンドクラッシュするさまに、蛇那伊は目を細める。
　ただでさえ切れ長な目元がきゅっと鋭く、そして獣のように険しくなった。
「ハァッ！」
　背後から声。
　後頭部を鉄パイプで殴りつけようと何者かが襲いかかったのだ。
　対して。蛇那伊は上半身だけをぐねりと捻ると持っていた雑誌で鉄パイプとその持ち手を挟み込み、クッションのように勢いを吸収してトランポリンのように勢いよくはじき返した。
　硬くて重いもので殴りつけたにもかかわらずその重量が直接腕に返ってくるという現象をうけて、相手は鉄パイプを捨ててファイティングポーズをとった。
「あら、誰かと思えば……アタシじゃないの」
　そう。蛇那伊とそっくりな、本人と言ってもさしつかえないほど同一な偽の蛇那伊がむき出しの殺意と共に立っていたのだ。
　蛇那伊もまた戦闘の姿勢をとる。
　ただし、親指をわずかに上げて拳を握る、ファイティングポーズにしては妙にカクカクとした構えだった。
　蛇那伊は、偽の蛇那伊と向かい合った。
　自らが襲いかかってきたというのに、蛇那伊に焦りや驚きの様子はない。
　なぜならば。
「一合で分かったわ。君……いやアンタにクンフーなんてない。鍛えた筋肉と腸内環境バッチリなボディをまるごとコピーしただけ。人間っていうのはね、もっとテクニカルな生き物なのよ」
　例えば自転車。人類はバランスをとってペダルを回すという動作に肉体動作を変換することで移動効率においてあらゆる動物のトップに躍り出ることができる。
　例えば斧。重量と遠心力を利用することで、木の皮を削るので精一杯な原生生物をはるかに上回る破壊力を獲得できる。
　そして武術と学問。
「訓練に訓練を重ねて、それを後継して、更に重ねて数千年。人体っていうのは――」
　走って殴りかかってくる相手。
　蛇那伊は相手がパンチを繰り出す一瞬前に踏み出し、ダッシュパンチの潜在的間合いの内側へと滑り込んだ。
　きわめて近距離で放たれるパンチにも、当然間合いというものがある。勢いをつけて殴りつけるには距離があり、拳の硬いところをぶつけるために空間を作る必要がある。
　その内側をカバーするすべを、殆どの者は獲得していない。
　蛇那伊はそこへ滑り込むすべと――。
「人体っていうのはね、学べば岩をも砕くのよ」
　相手の脇の下をくぐりぬけるように一回転して背後に抜ける蛇那伊。
　だがその間に、蛇那伊の全身の運動エネルギーが相手の無防備な腹へと叩き込まれていた。
　吹き飛びも爆ぜもせず、しずかに膝を突き、倒れる偽の蛇那伊。
　蛇那伊は深く呼吸を整えた。
「お勉強して出直してきなさい」