異能バトルは鏡映しのなかで｜リアクション

異能バトルは鏡映しのなかで

■灰よ燃えろ、あとに何も残らぬように。
　夜はいろんなものを隠してくれる。
　ビルの谷間で咲く花や、両親に手を引かれる子供や、未来永劫幸せそうなカップルや、どこかへ来てしまいたい表情や……。
「……」
　朝鳥さゆるは無言で夜の町を歩いていた。
　喧噪の中にあっても、誰も自分を見てはいない。
　自分の胸元や腰を見る者はいても、目を合わせる者はなかった。
　このまま町を歩こうか。
　それとも家に帰ろうか。
　とはいえ自宅に戻ろうという気にはならない。戻るなら、あの無愛想な箱めいたワンルームマンションだ。壁も天井も見ていたくは無いが、睡眠導入剤を飲み込んで今日という時間ごと殺してしまえばいい。

　足を止めた。
　誰かに呼び止められたからでも、誰かを見つけたからでもない。
　誰にも呼び止められず、誰も見つからなかったからだ。
　たとえば森の鳥が危険を察知して消えるように、当たり前にいたはずの人々がすっかり姿を消していた。
　誰も居ない交差点。
　いや、一人だけ居る。
「……」
　呼びかける必要も、問いかける必要もなかった。
　そこにいたのは自分自身。
　長い時間をかけて自殺しているような目。
　長い時間をかけて自殺しているような唇。
　長い時間をかけて自殺しているような頬。
　長い時間をかけて自殺しているような首。
　長い時間をかけて自殺しているような細い腕の先に、無骨で大きなナイフが握られていた。
　足を踏み出す。
　それはどちらが先だったのか、後から考えても分からなかった。
　相手はナイフを投擲し、それはさゆるの足下へと突き立った。
　もう一本のナイフを握って飛びかかり、頭上から額に向けて一直線にナイフを振り下ろしてくる。
　人間が人間を殺そうとしたとき、本能的に狙う場所。眉間。
　さゆるは足下のナイフを拾うようにして相手の横を転がり抜け、すれ違った二人は振り向きざまにナイフをぶつけ合った。
　身体も心も、ゆるがされてなどいない。
　反射で避けて、反射で襲いかかったようなものだ。
　相手もそれは同じだったようで。
「……そう」
　何かを理解して、さゆるは相手に襲いかかった。

　殺意もなく。
　好意もなく。
　敵意すらあるかあやしいような。
　まるで操り人形どうしのダンスである。
　それは幾たびにも続き、場所をブロック塀に挟まれたひとけのない十字路へ移しても続いていた。
　いつのタイミングでそうなったものか、二人の手にはそれぞれ無骨なナイフが握られている。
「そろそろ、終わりにしましょう」
　おきまりの台詞のようで、しかしそうではない。
　さゆるは明確な殺意を相手に向け、相手もまたむき出しの殺意をぶつけてきた。
　このぶつかり合いは、どれだけ続いただろうか。
　何時間も続いたように思えたし、一瞬で決着がついたようにも見えた。
　確かなのは、さゆるのナイフが相手の胸に深々と刺さり、相手は両腕を地面に投げ出していたことだけである。
「……」
　さゆるは全ての興味を喪ったように、相手に背を向けた。

　所詮この世は死ぬまでの時間稼ぎ。
「どちらが死んでも、同じことよ」
　けれど相手は……もうひとりのさゆるは、なぜ負けたのだろうか。
　時間稼ぎに、飽きたのだろうか。

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