異能バトルは鏡映しのなかで｜リアクション

異能バトルは鏡映しのなかで

■死して残るは灰と骨、そして――。
　伊織紘之助という男について、語れることはいくつもある。
　御年八十八。道場主にして骨接ぎ師。戦争経験者のわりに、戦国時代から来たような風体をしていて、なんでも古武術の継承者であるという。
　筆を持たせれば得意になり、外国人に道を聞かれると露骨に顔を曇らせる。
　誕生日ケーキは腹がもたれて嫌だと言うし、そのくせ蕎麦に七味を嫌って程かけるし肉も食う。
　そんな彼だが。
　今。
　今語るべきことは、ほんの三つだけである。

「おめぇさん、ンな物騒なモンをどこから持ってきたね」
　道場の戸締まりを終えて、壁の掛け軸に向かった瞑想していたそのさなか。
　顎を上げてそう言った。
　相手の位置は真後ろぴったり６時方向。距離にして一メートル七十五センチ。
　足音も呼吸も殺して近づいたようだが、紘之助はそれを敏感に察知した。
　右足に重心がズレていること。足運びが傾いていること。
　察するにそれは日本刀の伝統的なさしかた、歩き方であるということ。
　そして今、自分の脳天めがけて振り上げたということ。
「ぬっ――！」
　座禅の姿勢から直で前に転がり、斬撃を回避。
　ごろんごろんと跳ねるように転がり、最後は腕の力で跳ねて壁際へ。
　掛け軸の下に飾られた刀の柄を握ると、勢いよく抜いて水平に翳した。
　再びの斬撃が眼前で止まる。攻撃直後にあの距離を詰めるとは、仕留め損なった時の二の太刀を備えていたということだ。手練れ中の手練れである。
　しかしその理由については、目に見えたものだけで判断ができた。
「おいおい、お前さん……『俺』か？」

　死神は鎌を持って現われると聞いたとき、なんだそりゃ他にいいもんあるだろうがと思ったものである。
　魂を刈り取るたって芝じゃねえんだから、動く人間を斬るのは刀と相場が決まってるだろうがよと。
「しかしなんだ。本当に持ってこられると、こっちも面食らうわな」
　最近よくみる白昼夢（だと思っているもの）の中でも、とびきりの際物である。
　よもや自分自身が刀を持って殺しに来るとは。
「で？」
　片目を閉じ、噛み千切った親指の血を鼻の下に塗る。
　『暗醒』という、彼に伝わる暗示術である。
　余計な気持ちや考えがスッと消え、戦いに集中する。
　相手もまた、同じように鼻の下に血を塗った。
「気持ち悪ぃ。なにが気持ち悪ぃってお前……なんだってんだその目はよ」
　刀を構え、すり足。
　互いの中心点をゆっくりと円周移動していく……ように見えているが、互いに一撃必殺の間合いを奪い合っているのだ。
　テレビゲームの格闘ではないのだ。斬れば死ぬのが人の理。
　相手はそれをよく知っているように思えた。
　否。
　それしか知らないようにすら、見えた。
　刀をスッと下げて見せる。
　不思議な動きに一瞬相手の迷いが見える。
　袖から滑り落ちた鉄串を小指でひっかけ、早投げの要領で放つ。
　いわゆる開拓時代のガンマンが使っていた早撃ちの技である。銃に手をかけた時には既に撃っていて、相手に着弾した頃には既にホルスターに銃が収まっているという。
　紘之助の場合、それは斬撃へと活かされた。
　串に反応した僅かな動きの隙を突き、相手を斬って抜ける。
「お前さんはどうも、死を恐れてねえようだ。しかし……」

　紘之助という男について。
　今語るべきことは、ほんの三つだけである。
　死ねなくなったこと。
　それゆえに弱くなったこと。
　それゆえに、過去に勝ったということ。

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