【よしだは悲しい】

　星幽塔は第一階層、『Barアストラル』にて。
「はーい、生ビールお持ちしましたー！　ゆっくりしてってね♪」
　笑顔満点、アリス・ミーティアがいつものように、お料理にお酒にと給仕を頑張っておりますと、
「とっ、とりあえず生中なのぉ～！」
「あら、いらっしゃいステラちゃん……えっ、どうしたの！？」
　ふよふよふよとやってきたステラが、突然の大泣き！　ぽろぽろかつんと床へ金平糖がこぼれ落ちました。
　厨房でじゃじゃっと軽快にフライパンを振っていた調理担当、リリエル・エーテライトにもそんな泣き声は届きまして、慌てて厨房を飛び出してきます。
「ど、どうしたんですかステラちゃん……！？」
「あ、リリエル。急に泣き出しちゃって……ねえステラ、どうしたの？」
　ふたりしてナデナデよしよしと慰めつつ、大好物の生ビールを与えてみますと。
　ごきゅごきゅごきゅっ、見た目５～６歳程度の女の子はそれをひと息に飲み干し、ぷはぁー！　と満足げ。ようやくにして事情を語り始めました。
「第七階層が大変なの！　みんなも力を貸してほしいの～！」
「「ええっ？」」
　ステラがかくかくしかじか、たどたどしく説明するところによりますと……第七階層の美しい街並みへとやってきたのは、悪戯者の砂漠の精霊。ジンというらしいソイツは緑色の奇妙な風を吹かせ、なんと、街中の食べ物を砂のように変えてしまったというのです。もちろんステラが今まさに飲もうとしていた生中も、黄金の彩りを失い味は無味乾燥として、まるで泥水のように変化！
　そんなわけで泣きべそステラは大慌て、冒険者たちへと助けを求めにやってきたのでした。
「そうだったの……食べ物をダメにしてしまうなんて、ひどいわね！」
「私たちも、第七階層へ向かいましょう！」
　お仕事終わりのビールが飲めないなんて、とんでもない！　とアリスは羽をぱたぱた、早くもやる気です。彼女自身も冒険者であり、また酒場には腕に覚えアリな仲間たちの姿もまた多くありました。
　リリエルは酒場のマスターへ頼み込んで、食材を分けてもらうことにしました。代金は、私の給料からの天引きで構いませんから……！　と人の好い彼女は申し出たものの、同じく食べ物や酒を扱うお店のマスターのこと、ちょっぴり憤慨しているようです。いいから持ってけ！　なんて気前よくどさどさどっさり、食材各種を持たせてくれました。
「oh、QUESTの予感デス！　トワたちもお手伝いするマスかー？」
「そうだねぇ」
　と。ちょうどそこへと居合わせたトワ・E・ライトフェロゥと壬生 由貴奈もまた、食材が失われてしまった第七階層を救うべく、立ちあがります。
「うちらも行くよぉ。パンとクッキーを焼いてあげようっと。ふふ～、お店の宣伝も兼ねてねぇ」
「ありがとう、頼もしいわ！　それじゃさっそく、行きましょ！」
　助っ人の登場にアリスは笑顔でうなずき、リリエルもぐぐっと拳を握り込みまして、気合十分！　いつものフレーズを口にするのでした。
「お腹がすくのは、辛い事です……みなさんがお腹いっぱいになれるように目いっぱい、がんばリリエル！　ですよーっ！」
「「「おーっ！！」」」



　一方、件の第七階層では。
「よしだは悲しい……」
　砂のようにカラッカラになって崩れてしまった食材たちを前に、吉田 ベルンハルトが、はふぅとため息をついておりました。
「食べ物を粗末にするの、ダメ絶対。ご飯をダメにした悪い子には、おしおきだー！」
「ああっ、マジ許せねぇ！　あのジンとかいうヤツ、俺の飯をこんなにしやがってぇぇ……！！」
　楢木 春彦もまた、ぎゅうううっ……！　握り締めた両手の拳からはさらさらさらと空しく砂がこぼれ落ち、怒り心頭であります。
　先ほどの、うきゃきゃきゃきゃきゃー！！　なんて笑い声が、まだ耳にへばりついているかのよう。砂漠の精霊ジンが緑色の風、シムーンをびゅおーっと吹かせて階層の食べ物を軒並みカラカラにしてしまった、その直後のことでありました。
「しっ、信じらんないアル……！」
　ことに、ふるふると肩を震わせているファ・ルーの精神的ダメージときがら、いかばかりでありましょうか……！　何しろ彼女は、とにかく四六時中何かを食べているほどの大食いです。とっても燃費が悪いのです。手の中でしおしおカサカサになってしまったパンを見つめるその表情は、海のような悲しみと火山がどかんとイッパツ爆発したような怒りと、あれこれ入り交じったフクザツなお顔でありました。
「食材も、料理もっ、作ってくれた人がいるんだヨー！！　って、あのやりすぎな悪戯坊主に分からせてやらないといけないアルっ！！」
「うん、そうだね……それに」
　静かに同調した恵御納 夏朝もまた、ジンを懲らしめてやることに異論はありません。けれど彼女にはひとつ、それ以上の理由があったりもします。いわく、
「もしかしたらあのジンも、影に侵されてるのかもしれない……」
「なるほど。私がそうであったようにか」
「あっ、レオーネさん……！」
　ふむん、と腕組みしつつやってきた思案顔は、この階層の美しき女主人こと、レオーネその人です。
　かたわらに寄りそう凛々しいライオンのラサラスのたてがみを撫でつけながら、彼女は冒険者たちをぐるりと見回して言いました。
「そうであるなら、なおさら放ってはおけぬな。みな、世話をかけるが、あやつを懲らしめてやってくれ……私も行ければ良かったのだが」
「なりません。主人が自ら危険へ出向こうなどと」
　老執事のシェルタンさんに止められてしまったらしく、レオーネは申し訳なさそうに頭を下げました。
「……というわけでな。すまぬが、頼む」
「分かったわ！　よーし、虎の子メリィも参戦するよっ！」
　メリィ・ランページもまた、ジンの心無い悪戯には怒りを隠せず、瞳には決意がみなぎります。人懐っこいメリィですけれど、お世話になった育ての親が飲食関係のお仕事を営んでいたこともあってのことでしょうか、彼女もまた少々お冠でありました。
「みんなのごはんをダメにしちゃうなんて、絶対許してあげないんだから！　ジンをこてんぱんにして、第七階層のみんなを救うんだ！」
　レオーネに見送られて、冒険者たちはさっそく街を飛び出し、砂漠の向こうへと出発していきました。



　そんな彼らの背中を、冷静な目線で見つめる人影が３つ。
「やれやれ。この塔は本当に、問題だらけだな……」
「まぁそう言うな。だからこそ、俺たちがいるんだ」
　ひとつは、ボウガンを背負い羽帽子を目深にかぶった新田 亮。隣に立つのは杖を片手に地図を確かめる、八神 修です。
「ああ、そうだな。見過ごすつもりはない、必ずジンは倒してみせる」
「なるほどな。だが、それでいいのかい？」
　そしてもうひとつが、鎌八 まもるでありました。彼は何やら肩をすくめて、ふぅ、と首を振ります。
「ジンをやっつける、大義名分ってやつをお持ちのようだが。食い物の恨みは分かるさ、けど正義のふるいどこは確認したいな」
「ほう。ジンにも何か理由があると？」
　修が尋ねると、まもるはそのとおり！　とばかりにうなずきました。どうやら彼は、ジンを一方的に悪と決めつけてしまうことには、反対であるようなのです。
　亮は眉をひそめて、
「だが現実として、第七階層は今も危機に瀕している。ひとまずあれを止めないことには、住人が餓えてしまうじゃないか？」
「そうかもな。だが、ともかくオレはどこか引っかかるんでね……まずは、被害にあった住人に話を聞いてから向かうよ。面白い話が聞けるかもな？　なあに、すぐに追いつくさ」
　と言うなり、まもるは騎士の光を輝かせ、愛馬オブシディアンを８本足のスレイプニルへと変化させると、しゅばっ！　彼は颯爽とその背中にまたがります。蹄鉄は砂漠用に換装済み、準備もやる気もバッチリ！　であります。
「これで、デザートレースだって優勝できるぜ。ハイヨー、オブシディアン！」
　ほとばしる気合の声と黒馬のいななきを響かせ、だかだかと砂を巻き上げながら、まもるは街の中へと駆けて行きました。
　亮と修は顔を見合わせ、
「ま……俺たちもまずは、情報収集だな。ジンの弱点が分かるかもしれない」
「よし。それじゃ、俺は移動手段を確保してこよう」
　彼らもまた、それぞれに行動を開始します。
　びょうびょうと、緑色の奇妙な風が吹きすさぶ中。かくして砂漠の精霊討伐作戦は、ここに火ぶたを切って落とされたのでありました……！