かくて世界は浮遊する｜リアクション

かくて世界は浮遊する

５.九夜山外縁部・下層（寝子島上空５００メートル～）

　「よいしょっとー」
　九夜山の下側、つまり普段であれば地面に埋没している箇所を移動しているのは初島優、首からぶらさげたゴーグルがトレードマークである。
　彼はロープの先端に両面テープと重しを貼り付けたものを、手製のパチンコで投擲しながら移動していた。
　浮遊状態、つまり無重力下と類似した環境であればテープの粘着力でも十分であると判断したようだ。もちろん、浮遊状態である以上、その影響範囲から脱しない限りは彼自身が落下することはないのだが。
　「とはいっても中々の光景だよねー。墜落しないとはいえ、高所恐怖症の人には中々すさまじい光景だと思うなー」
　彼の足元にあるのは何もない空。目の前に映る九夜山の下層部は巨大な地層が幾重にも重なっており、浮上の際に剥離した土や岩なども周辺に浮かぶその様子は、まるでスペースデブリのような具合であった。
　「障害が多いほうが移動もしやすいんだけどねー」
　パチンコで次の射撃位置を狙いつつ、彼はゴーグルを着用する。それは彼のろっこん『技術者の目』のトリガーの１つである。
　彼が触れたパチンコの仕組みを『技術者の目』で理解する。もちろん彼が作ったものなので分かりきってはいることだが、ろっこん能力によってそれはさらに細かい部分を把握する助けとなる。
　「ゴムの伸びと弾性、Ｙ字部分の強度……こうかなー？」

　シュッ。

　と、鋭く放たれたロープは綺麗な直線を描いて、浮遊物の隙間を縫うように飛んでいく。

　「射撃精度も多少は上がってるのかなー？」
　ろっこん能力のおかげなのか、それとも優自身の射撃の腕なのか、運のよさなのかは判別できないものの彼の移動もそれなりに順調であった。

　「そういえばー」
　ふと、思いついたように彼は九夜山そのものに触れて『技術者の目』を発動させる。
　「……さすがに浮いている仕組みなんてものはわからないかー。あ、でも地下帝国ごと浮いてるみたいだねー」
　規模が巨大すぎるからか、それとも山そのものの仕組みというのは漠然としすぎているからなのか、彼のろっこんでも詳しいことは分からなかった。おぼろげながらこの下層部の中には地下帝国が含まれていることが理解できた程度である。

　そうこうしている内に彼の九夜山下層探索も後半へと差し掛かる。下方を見ればいつのまにか寝子島もずいぶんと小さく見えるようになっていた。
　「あー、だいぶ浮上しちゃったなー。おー……？」
　そう呟きながら優が前方を見ると、サファリスタイルの格好をした男が岸壁にしがみついていた。
　どうやら、いかに浮遊状態で『落下しない』とはいえ、この絶景に身が竦んで動けなくなってしまったらしい。
　「おじさん、大丈夫ー？」
　のんびりとした声でその男性に声をかける。
　「いやー、これは世紀の一大ニュース！　なんて思ってたらコノザマですよ。あんまり大丈夫じゃないんで助けてくださるとありがたいです！　あ、私は寝子島タブロイドの水口と申します」
　事態に対してどう受け止めていいのか分からず混乱しているのか、水口は緊張感のない雰囲気で答える。
　「ああ、寝子タブのー。水口さん、これにつかまってねー」
　優は水口に射出したロープを握るように促す。
　「あ、どうもどうも」
　低姿勢な水口である。
　「これをこうして、っとー」
　水口が握ったロープの先端をパチンコで九夜山の地表方向へと打ち出す。
　数十メートルほど上方向へ打ち出されるロープと水口。
　「え？　ちょ。うわあああああぁぁぁ……」
　その光景はまるで逆バンジージャンプ。
　「だいじょーぶ、そのまま捕まってれば地表近くに到着するはずだからー。よし、ねこったーに報告して、僕もみんなと合流するかなー」

　"初島だよー。寝子タブの水口さんを九夜山下層部で保護ー。地表へ射出したので誰か拾ってあげてください"

　どこまでもマイペースで天然な優であった。