少しずつ近づく夏の気配に、木々は深い緑に染まり、吹く風は柔らかな心地よさ。そんな5月中旬、ある日の午後。九夜山の遊歩道にて。
「たまにはこういう時間もいいだろう」
上條 暦は散歩をしていた。彼女の装いは夏を意識した純白のノースリーブワンピース。陽射しを受けて白は微かな桃色を帯び、揃いの帽子は赤いリボンが可愛らしい。
時折すれ違う人々に会釈を交わしながら彼女が歩いていると、袈裟を着た青年、
逆巻 天野がメモを片手に山の斜面の地層を調べていた。
「……何をやっているんだ?」
と、暦。
「調べ事。
寝子タブの人に頼まれてね。おかしな断層や潰れた化石を探さなきゃいけないんだ。僕としても色々気になることもあるしね」
天野は素っ気なく説明する。以前
知り合ったり
連絡した経緯から取材の手伝いを頼まれた、と。また、寝子タブの手伝いに他の生徒たちも九夜山に来ていると付け加える。
「ああ、あの胡散臭いゴシップ紙の」
暦は思い出したように口にする。
「今の寝子島は胡散臭いことばかりだよ。ま、そのうち寝子タブの水口さんも合流すると思うけど。それにしても『九夜山が空から降ってきた』ってさ」
彼は寝子タブの記者である水口に渡されたメモを暦に見せる。そこには……。
『九夜山が空から降ってきた』
――ある時寝子島の上空に山が出現する。それは九日の夜を跨いでゆっくりと落下し、今の九夜山のある位置に着地した。それが九夜山の名前の由来である、と言われている
他にも『九夜山に眠る伝説の要石』『洞窟に隠された神秘の社』、『砂掛谷の大鯰』、『寝子杉周辺の謎の植生』、『幻の桜と霧の噂』、『三夜湖の幽霊』などなど……。
九夜山周辺に纏わる様々なオカルトな題材が書かれていた。
「……これはなんというか、だな」
言葉に困る暦。
「水口さんは小説家になれるよ」
と、天野が言った瞬間。
キュウ、ギュッ。キュ、キュ。ギュウ。
謎の鳴き声が九夜山に轟き、それとともに泥のような生臭さがあたりに漂う。
「何、今の」
「さぁ?」
2人が嫌な予感を覚えた。その瞬間。
ぐらぐらぐら。
「きゃ!?」
暦は遊歩道の手すりに掴まり。
「おや……」
天野は膝をついて周囲を見渡す。
遠くで大きなしめ縄付きの岩が浮かんでいるのが一瞬見えた。
ぐらぐらぐらぐら。
大きな揺れとともに2人の視界は光に包まれる。真っ白な視界に何も見えなくなる。
ごごごごごごごごごごごごごご!!
……巨大な何かが揺れ動くような大きな音が響いた。
「う……。あれ?」
暦の視界が開けるとそこは山の中だった。立ち上がろうとした彼女は違和感を覚える。
足元には地面がなかった。というよりも彼女は浮いていた。
周囲を見渡すと、何人かの寝子島高校の生徒たちも高度は違えどふわりふわりと浮いている。
「どうやら何かに巻き込まれたみたいだね」
と、彼女の近くにいる天野が声をかける。もちろん彼も浮いていた。
(よぉ)
と、ぶっきらぼうな物言いで彼らの目の前に猫こと
テオドロス・バルツァが浮いている。
どこか不機嫌そうにテオは言う。
(現実の九夜山が浮き上がりそうになったんで寝子島ごとざっくりぶった切った。で、コノザマだ。後はわかるな?)
「もしかして山ごと浮いているのか?」
暦が山の向こう側を見て呟く。そこには寝子島の空しか見えない。
(寝子島から九夜山が分離してどんどん浮上してるぜ)
と、テオ。
「浮上した後はどうなる?」
天野は冷静に訊ねる。
(そのうち九夜山は落下するか、そのまま宇宙に旅立つかもな)
「なんてこと」
思わず暦が言葉を漏らす。
(普通を守ってこい)
テオはそう言ってそっぽを向いた。が、思い出したように暦に声をかける。
(ああそうだ、そこのお前)
「何?」
暦は身構える。
(スカートの丈には気をつけるんだな)
「……は?」
首を傾げる暦に、天野は呆れたように下方を指差す。彼に促されて彼女が下を見ると、低い高度にいる破廉恥な生徒たちがちらりちらりと覗こうとしていた。
慌ててワンピースのスカートを抑えて暦は叫ぶ。
「見るなー!?」
大変なことになっているはずなのに、皆さんのスカートの中が心配です。今回は前説が浮かばなかった深城です。
さっくりと解説に参ります。
概要
テオが作り出したもう1つの世界です。
浮遊した九夜山は寝子島上空数百メートルの位置にあり、山の端っこから下を見ると山の部分がすっぽり抜けた寝子島が見えます。
生物、非生物問わず浮いており、工夫なしでは移動すら困難です。
山の一部は浮上の際に地滑りや崩落により、分離した状態で浮いています。
また、鳥なども浮遊状態にあり、飛ぶことが出来ていないようです。
行動範囲
九夜山全域(空中)です。それ以外のエリアは山から落下しないと行くことができません。
マップを参照ですが、南は7A~7G、北は5B~I3あたりまでの九夜山の緑色の部分が浮上しています。
猫鳴館と部室棟もぎりぎり浮上した範囲に含まれています。
浮遊状態
山に存在する全てが浮遊しています。イメージ的には無重力に近い状態と解釈して頂いて問題ありません。
九夜山から外に出れば浮遊状態は解除されますが、スカイダイビングすることになります。(逆に浮上した九夜山の範囲に入れば浮遊状態になります)
九夜山の地面に生えている樹木や地面に一部が埋められた建築物、固定された手すりなど以外全てが浮いています。空中に様々な障害物(動物、岩など)があると思っていただいて構いません。
移動方法
様々な移動手段が考えられますが、1つだけ例示します。
泳ぐようにもがく:わずかに進行方向に進めますが、けっこう疲れます。
水口記者
オカルトや超常現象などを取り上げる寝子島タブロイドの記者です。
彼も山のどこかにいます。
ろっこんやもれいびについて実在を知らない一般人ですが、胡散臭い話などには詳しいかもしれません。
また、寝子タブのお手伝いとしてガイド内のオカルト情報については共有していても構いません。
アクションについて
浮遊状態に身を委ねてもよし、誰かのパンチラを拝みに行くもよし、まじめに解決に努力してもよし。あえて妨害しにいくもよし……。
こんな非常時にデートするのもありかもしれません。
あ、でも九夜山が垂直落下したら大変だと思います。
それでは、自由なアクション、無茶ぶりなどお待ちしております。
また、深城シナリオはアドリブ度高めを推奨致します。