かくて世界は浮遊する｜リアクション

かくて世界は浮遊する

１.九夜山中腹（寝子島上空８００メートル～）

　麗らかな午後の陽射し、空は透明なスカイブルー、雲はそんなキャンバスに彩りを添えるように優しい白、そして山の深い緑。それだけであればいつものありきたりな日常だっただろう。
　そんな穏やかな光景の中で、回転院環は空中でぐるんぐるんと回転していた。染色した一つ結びの髪も荒ぶるように激しく揺れる。
　「わっ！　わっ！　なにこれ！　たまちゃん浮いてるー！　うひょー！　凄いよー！　楽しいよー！　きゃー！」
　彼女の本来のテンションの高さと相まってその情景は遊園地で遊ぶ幼い子供のようでもあった。
　テオによって切り分けられたこの世界の九夜山では無重力に近い状態にあり、何らかの手段を講じなければ移動すら容易ではなかった。
　そこで彼女は自身のろっこん『転』を用いて、近くを浮いていた木の枝を握り、それを回転させた。
　木の枝が回転運動を行うことによって、彼女自身も回る。それはハンマー投げのハンマーのように遠心力を発生させることになる。
　「きゃーーー！　えんじーんりょく（遠心力）ー！」
　実に楽しそうな環であった。ただし、服装は制服、つまりスカートであるのだが……。

　「おー、絶景じゃなぁ」
　と、九夜山から望む寝子島……ではなく、空を見上げているのは北美浜薫子、とろんとした眠そうな瞳が特徴的な黙っていればかわいい女子である。
　薫子が見上げた先には回転する環の健康的な脚部とスパッツ。どうやら環はスカートの下にはスパッツを履いていたようである。
　「スパッツはスパッツで魅力的であるのじゃが、さて」
　普段はセクハラ女子な薫子ではあるのだが、今回は少しばかり事情が違うようだった。
　「とりあえず地面に降りるかのう」
　近くに浮いている両手に収まる程度の岩を彼女のろっこん『お取り寄せ』で手元に移動させる。それを押すことによる反作用で彼女は岩とは逆方向に力が働く。
　そうして薫子は地面へと着地、再度浮遊しないように樹木に体を預け、思考する。
　「九夜山が浮かんだままでは御父様の仕事で使う木材が取れなくなってしまうのう」
　彼女の養父は彫刻家であり、九夜山の木材を主に使っている。
　「名残り惜しいが御父様の為に頑張るかの。一先ず、困っておる何人かお取り寄せするかの」
　決意を新たにする薫子ではあったのだが相変わらず視線は上、つまり女子生徒のスカートに注がれていた。

　そんな薫子の視線の先の一つには、可憐なワンピースを着た女子生徒上條暦が浮いていた。
　「よりにもよってこんな恰好で宙に浮かぶ羽目になるとはな……」
　スカートを抑えつつ暦はそう呟き、自分の状況を整理する。
　「帽子は大丈夫、胸元は上を取られなければ、スカートは……これは……」
　抑えたところで角度によっては完全に見えるほどに彼女のスカートの防御力は低かった。
　次に来るときはスパッツを履いてこようと暦は心の中で誓う。
　「最大の問題は気にしたままでは移動できないことなんだが」
　途方に暮れる暦。

　カシャ、カシャ。

　と、カメラのシャッター音が彼女の耳に届く。
　「ん？」
　彼女にとっては最悪の位置、そしてシャッターを押す彼にとってはベストポジション。つまるところ、スカートの中身が覗ける位置に横嶋下心はいた。
　爽やかな好青年然とした下心の顔や額には汗が光る。どうやら必死に空中を泳いできたらしかった。
　「上條暦さん！　そのスカートは隙だらけですよ！　安心してくれたまえ、バッチリと撮影しますから！」
　サムズアップをしながら彼はカシャカシャと写真を撮りつづける。
　「これは……縞パン！　白と水色なんてベストチョイスじゃないですか！」
　褒め称えるように下心は暦の下着の色を口にする。
　「見るな！　撮るな！？　横嶋！　後でひどいからなっ！？」
　と、必死にスカートを抑え、身をよじり、防御しようとする暦。その姿はその姿で下心のエロ魂を煽ることになっていた。

　「きゃーー！　ぶっつ、かっる、よーん！　どーん！」

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