かくて世界は浮遊する｜リアクション

かくて世界は浮遊する

３.猫鳴館近辺（寝子島上空９００メートル～）

　「猫鳴館が浮いたのだー！」
　と、長袖のジャージ姿で猫鳴館から飛び出したのは後木真央。手には洗濯ロープを結びつけた小型金槌と長傘。ジャージのポケットには携帯を入れている。
　「とりあえず解決のために突撃あるのみなのだー！」
　金槌と洗濯ロープをフックつきロープのように振り回し、樹木や登山用の標識などに金槌のＴ字部分を引っ掛ける。自身と物との間にラインを作り、確実に移動していく。
　「ふいごや空気入れみたいなものがあったらよかったのだ、でもないなら筋力勝負なのだ！　体育科舐めんなし！」
　彼女は手元で用意できたものを活用して浮遊状態に真っ向から立ち向かっていく。
　移動中は閉じた傘で近くの物を突いては方向転換を行い、傘を開いては空気抵抗を増やしブレーキをかける。
　単純に物体を蹴りつけて移動するよりも手間はかかるが、細かい制御が可能な為、怪我などをしにくい利点もあった。なお、ジャージの為に擦り傷などもしにくく真央は軽快に動いていく。
　「でも、どこに向かえばいいのだ？　とりあえず山頂に突撃なのだー！」
　携帯でねこったーを確認しながら真央は山中を飛び跳ねるような立体的な挙動で移動していく。

　そんな真央の背中を見送ったのは男子制服に身を包んだ女子、奈良橋博美である。浮遊状態から彼女のろっこん『トンビの飛翔』で真央を追おうとしたのだが、発動条件を満たすことができなかったようだ。
　「俺が声をかける前に行っちゃうんだもんな。真央さんらしいといえばらしいか」
　おそらく滑空することもできないだろうな、と判断し彼女は情報収集を優先する。
　ねこったーを活用して、今九夜山にいるメンバーを探す。

　"奈良橋だが九夜山には他に誰かいるか？"

　"こちらは上條。逆巻と北美浜先輩と一緒にいる。あと一応テオもいる。他所では御剣、御山内、桜庭が一緒に行動してるみたいだ"

　"真央ちゃんは山頂目掛けて突撃中なのだー"

　"２年の志波だ。高空で凛ちゃんと偵察してるぜー"

　"うっひょー、たまちゃんは絶賛大回転中ー！　たのしぃー！"

　"初島優だよー。九夜山の下側をぐるっと調査中ー"　

　様々な反応があるものの、博美はそれぞれとスムーズに連絡できるようにリストアップしていく。
　「情報の共有も急ぎたいな」
　そう呟いた博美に不穏な影が１つ。

　カシャ、カシャ、カシャ。

　「誰だ！？」
　博美が振り向くとそこにはカメラを構えた下心がいた。
　どうやら、環との衝突で猫鳴館近くまで吹き飛んできたらしかった。

　「奈良橋博美さん！　駄目じゃないですか、ちゃんとスカートをはかないと！」
　と、とても残念な声を上げる下心。それでも一応写真を撮るあたり彼のエロスは底なしなのかもしれない。
　「下心君か。何か変なものは写真に写ってたりしないか？」
　彼のあふれ出る変態オーラを気にも止めずに博美は尋ねる。
　「はためくスカートの裏地と太ももの肌色のコントラスト。空飛ぶパンチラは絶対正義。袖口から垣間見えた腋という名のサンクチュアリ。無防備な胸元はいつだって男子を蟲惑する。ああ、いつでも舐めたいうなじ……と、性書用のばっかりなんですけど。……ん？」
　男子が思っていても口にしないような言葉を並べながらカメラのデータを確認する下心。
　「これは……草薙龍八君？」
　そう言って博美に見せた写真には、顔に森林迷彩用のフェイスペイントをした龍八が誰かを待ち伏せするように隠れている姿が写っていた。彼の手には鋭利な石のナイフらしきものが握られている。
　「妨害する気か？」
　博美は腕組みをして考え込む、が。
　彼女の携帯が鳴り響き、その思考は中断された。

　「もしもし――」
　博美の言葉をさえぎるようにクールな声が携帯から発せられる。

　「奈良橋だな？　俺だ、八神修だ。俺は今……九夜山を見上げている」