かくて世界は浮遊する｜リアクション

かくて世界は浮遊する

４.見上げるもの（星ヶ丘寮、海抜１０メートル地点）

　「そちらの状況はねこったーでの発言と地上からの観測によって把握している」
　双眼鏡で空に浮かんだ九夜山を見つめながら八神修は告げる。
　「そうか。地上から分かることは？」
　と、博美が尋ねる。
　「あくまでも観測結果に過ぎないが、九夜山は継続的に浮上を続けている。今現在、九夜山の麓に近い猫鳴館で高度１０００メートルは越えているな。そちらの気温は地上に比べて５度ほど低いはずだ。今後高度が上昇し続ければ準備のない人間には耐えられない環境になるだろう」
　三平方の定理を応用して高度を導き出したらしい彼は冷徹に分析する。そして、言葉を続ける。
　「浮上した九夜山の平面の範囲、そして山の標高と地下部分の浮上した縦軸を加味すると浮上を引き起こした原因は山頂近くにいる蓋然性が高い。もちろん、浮上の影響範囲が球形だと仮定した場合だが」
　彼の手元にはいくつかの計算式や、様々な推論を書き記したメモがあった。
　「あー。そういうのは専門の奴に任せる。で、こっちに来れないのか？」
　難しい話は流しつつ、博美は抱いた疑問を口にする。
　「無理だ。空を飛ぶ類のろっこん、もしくは航空機や射出装置あたりがなければな」
　実際に修は試そうとしたことを博美に説明をする。

　バイクに小型発電機とエアサーキュレーターを取り付けて、浮遊状態の空間へ飛び込もうと計画したこと。
　けれどその準備をしている間に、九夜山の浮遊範囲に飛び込むには少なくとも１００メートル以上の垂直跳躍が必要となったこと。
　彼の手元の道具やろっこん能力では垂直跳躍で１００メートルを確保する手段が用意できなかったこと。

　「なので、俺は外部からの観測と参謀を務める。その為にも現地のメンバーとのリアルタイムの情報共有が必要だ。情報がなければ推論も仮説も絞り込むことができない」
　と、彼のメモには『九夜山隕石説』『ろっこんの暴走？』『寝子島のオカルト話との関連性』などが羅列されていた。
　「わかった。出来る限りねこったーでメンバーの確認とリスト化を急ぐ。だが、リアルタイムでの対応はどうする？」
　ねこったーはあくまでも投稿型ＳＮＳであるので、タイムラグや生の情報の交換などには向かない。かといって携帯電話は基本的に１対１であるので情報伝達の遅延が生じる。
　「Ｎｙａｋｙｐｅ（にゃかいぷ）の会議通話を使う。にゃかいぷなら通話とチャット両方が可能だ。俺がパソコンからグループを作るので、リストが出来次第送ってくれ」
　Ｎｙａｋｙｐｅとはインターネット通話サービスであり、パソコンや携帯の両方から利用可能であることと一般の電話回線との通話も可能なソフトウェアである。
　「了解した」
　博美が返事をしたのを確認して、修は通話を切り、九夜山が元々あった場所を双眼鏡越しに見つめる。
　「『普通』を守るのは難しくなっていくのだろうか……」
　ぽっかりと空いた空間は何も答えない。