ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆8:58　広域／分解

　他の色の介入を許さずに、ただただ黒く染まった交差点で、八神修は電柱に手を添えていた。
　呼吸を整え、一度深く息を吸い込み、止める。
　対象の物体――黒く染められた電柱の内部がどうなっているのか、推測は立てたものの実情がわからないので、自身のろっこん『分解』がどう作用するのか若干の不安はあったものの、精神を集中させて、分解を試みた。
　――パチッと小さな音が鳴り、手のひらに小さな痛みを覚える。
　思わず、舌打ちをした。対象の材質や、代替になるイメージが全くわからない。情報を求めて、ねこったーに目を通す。
　すると、気になる投稿に興味を惹かれた。

＜街の黒化情報について――連投失礼＞
＜この黒くなっている部分は、物質の表面に薄い（一ミリから五ミリ程度まで確認）膜のようなものが乗っている（張り付いている？）＞
＜厚い部分は素手での破壊は難しい（硬い）でも、薄い部分がわかれば、そこは強度が低いっぽい＞
＜光を通さないので、見た目では厚みの大さはわかりにくい……けど、覆い切れてない端の方は薄め？＞
＜物質、物体の内部にまでは侵食できない様子＞

　他にもいくつかの情報が流れていたが、早々に思考を切り替えた。
「なるほど……な」
　八神は改めて、黒く塗り潰された電柱に向き直る。
　――大切なのは、イメージ。
　車を分解するのに車の構造を理解する必要はないが、バラバラになった車をイメージ出来るだけの知識は持っていたほうが良い。
　ドアを乖離させるだけに留めるのか、ボルトの一本一本まで『分解』するのか。
　それは八神の思考、知識の範囲によって変わり、また逆に過度の『分解』を抑えることにも繋がる。
「今回は……抑える必要もなさそうだが、な」

　深呼吸。大きく息を吐き、そして吸う。これ以上は無理だと身体が拒否するまで息を吸い、軽く吐いた所で呼吸を止めた。
（電柱……その表面に『膜が張り付いているイメージ』だ。そのイメージを元に……分解する）
　すると、手を添えた電柱に纏わりついていた黒い膜が、バラバラと崩れた。
「ふぅ……よし、これなら、いける」
　止めていた呼吸を言葉と共に吐き出して、手に残った感触を確かめ、記憶する。
　ねこったーに接続して、犯人の情報を探すが、目新しい情報はない。
　――それなら、やることは一つ。
　八神は明確で、莫大なイメージを固めながら、ねこったーに書き込んだ。

＜今から犯人を炙る＞

　広大な湖面の薄氷を、中心から割り砕く。引き剥がす。溶かし落とす。
　代替えのイメージを地面に纏わり付く黒い膜へと落とし込み、それに『直接』触れて、一気に――分解する。
　屈み込んで触れた手の平の下、中央から確かに『何か』がバラバラと砕け散る感触が広がり、それは八神を中心に拡散していく。
　五メートル、十メートルと距離を伸ばしていくに連れて集中が乱され、息を吐きだそうと身体が悲鳴を上げるが、八神はそれを無理やり抑えこんで『分解を』続ける。
　やがて、街灯、電柱、花壇、ポスト、看板、街路樹、ありとあらゆる物質に上乗せされ、ひと繋ぎになった膜は『分解』によって引き剥がされ、散り散りに飛散していった。
　結果、半径百メートルもの範囲で、街は本来の色を取り戻した。