ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　政府側エージェントの一員としての顔で、屋敷野梢は病院を訪れた。
「こんにちは！　今日は、先輩エージェントだった南波さんの御見舞に来ました！」
　そう言って現れた梢を、政府の息が掛かった病院の構成員は、誰もが好意的に受け入れた。
「ところで、南波さんの容態って……」
　俄かに声を潜めた梢の問いに、南波太陽の担当だという看護師の女性が答える。
　入院して暫くは、魂が抜けたような状態だったこと。
　最近ようやく、幾らか人間らしく振る舞えるようになったこと。
　覚えている部分と忘れている部分が混在し、記憶が穴だらけになっていること。
　情報を収集し終えて、梢は「ありがとうございますー」とぺこりとして太陽の病室に向かった。
「南波さん、お気分はいかがですか？」
　梢の登場に、太陽は戸惑った様子だった。
（私が、自分が知る限りの『南波太陽』の記憶やらを蝶に変えたんですから、まあ、そうですよね）
　だから、別段心に傷を負うような必要もない。
　梢は政府の闇として、対象の記憶障害等の確認を主な目的としてここにやってきたのだし。
（場合によっては、政府に連絡が必要ですしね）
　なんて思いながら、そんなことはおくびにも出さずに梢は見舞いの品らしい果物を見た。
「べたですけど、林檎でも剥きましょうか？　喉渇きません？」
　太陽が、ゆるゆると頷く。
　ベッド脇の簡易椅子に腰を下ろして林檎を剥きながら、梢は太陽に、
「私、南波さんの後輩だったんですよー。梢ちゃん、とか呼ばれたりして……」
　と、自分と彼の、表向きの関係についてぽつぽつと語った。
　言葉にしてみて、改めて思う。
（ヒーローズで動き始めて、結構時間がたちました。『屋敷野梢』も、柵が出来てきちゃいましたね……）
　本来なら、『屋敷野梢』という名の人間は、そろそろ事故死していい具合だ。
（なのに手筈がいつもと異なるのは……この国の、揺らぎのせいでしょうか）
　今は、一見、この国の情勢は落ち着いて見える。
　けれど実際は、アンバランスな三つ巴の状態が続いているのだ。
（強引に押さえ込んだだけの危ない状態……第三者は、政府の手が全く届かない状態ですし）
　この国の不安定さを突かれ、他国に介入される前に……と、梢は軽く眼差しを伏せた。
「……屋敷野、さん？」
　太陽の声に、ハッと我に返る。
　ごく短い間、思考の底に沈んでしまっていたらしい。
　怪しまれた様子は微塵もないが、ふと手が止まったのを見咎められたらしかった。
「あ、すいません、ちょっとぼーっとしちゃいました！　もうすぐ剥けますからねー！」
　剥き終えた林檎を太陽が口に運ぶのを前に、梢は己の役割を思う。
（いけない、命令が下らなければ、私はただの新人エージェントですもんね）
　策を練って手先を動かすのは、『脳』がすべきことだ。
　梢は、緑の眼差しをそっと太陽へと向けた。
（政府がこの状態で生かしてるってことは、この人は駒になるんでしょうか？）
　――過去を捨てた生活は、案外生きやすいものですよ。
　なんて、そんなことは口に出せないけれど。そして、じきに。
「……あ、こんな時間だ。じゃ、そろそろ帰りますねー」
「そ、か。……ありがとう、屋敷野さん」
「いえいえ！　早く元気になってくださいねー！」
　にっこりとして、病室を出る。
　彼女の『屋敷野梢』としての気まぐれなお見舞いは、ごく静かに終わった。