ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　どことも知れぬ、深い深い山奥、その川辺にて。
「さて……」
　ポキリ、拳を鳴らすは、尾鎌蛇那伊。
　戦いに己の身を置くことで自分を鍛え上げ、更なる強さを得る。
　その為ならば、相手取るはどの勢力でも構わないと、常は無差別にモレイビーへ戦いを挑む蛇那伊だが、
「此度の狩りも、良い鍛錬となればいいのだが」
　という具合で、今向き合っているのは山に住む野生の熊である。
　鋭く熊を見据え構えを取る蛇那伊は、無手――何の武器も持っていない状態。
　静かな闘志こそ感じられるが、ロッコーンから来る覇気も纏っていない。
　武器もロッコーンの力もなしに、蛇那伊は熊を仕留めるつもりなのだ。
　しかし――その眼差しには、微塵の恐怖も揺らぎはしない。
「それでは、始めるか。俺の糧となってもらおう……二重の意味でな」
　くい、と挑発するように手を動かせば、
　――グオオオオオオッ！
　蛇那伊の放つ尋常でない気配に様子を探っていた獣が、一声咆哮して動き始める。
　ずんぐりとした巨体に似合わぬ素早さで、蛇那伊へと迫る熊。
　振り被られた重たい一撃を、蛇那伊は確実に見極めて避けた。
「ふん、遅いな……これまでに戦った猛者達と比べれば、止まっているのと変わらんぞ」
　難なく後ろに回り込んで、生まれた隙を見逃さずに貫手の一撃。
　スッとナイフを入れるようにして、熊の心臓部が迷いなく貫かれる。
　断末魔の声を上げることすら許されず、あまりにも呆気なく熊は絶命した。
　ずぶり、と腕を抜いて、腕を浸す生臭い赤を払い捨てる。
　それでも腕からはまだ血が滴っているが、
（どうせ、この後益々血に塗れることになるからな……）
　という次第で、蛇那伊は早速熊の解体作業を始めた。
　慣れた手つきで血を抜き、内臓を引き摺り出す。
　毛皮は適当な所へと干して、難なくバラした肉は具合のいい大きさに切り分けられた。
　肉の大半は、このまま干し肉に仕上げられる。
　その一連の作業からは、蛇那伊がこのような生活に慣れていることが窺えた。
　解体作業を終え、日々の糧を手に入れた蛇那伊は、無骨なトランシーバーのような物を手に取った。
　旧式の携帯電話は、けれどまだ確かに役目を果たしている。
「……やっと出たな、情報屋。世間の情報を教えて貰いたい」
　電話の向こう側から、雑音混じりのくぐもった声。
『そう急くな。あんたの好きな戦いは、今はまだ下火だよ』
「未だ大きな争いは無しか……ふん、つまらん」
　言葉通り、「つまらない」という感情を隠しもせずに電話を切ろうとした蛇那伊へと、
『だが……近いうちに、状況は動くだろうよ』
　情報屋は、どこか面白がっているような声で言う。
　電話を切った後で――蛇那伊は、全身の血が熱く滾るのを感じて、にぃと笑った。
「よりよき闘争が起きるやも、か……ああ、面白い。何とも心躍る話ではないか！」
　騒動の火種が轟と燃え上がる日を楽しみに、蛇那伊はその双眸を爛々と光らせるのだった。