【旅の途中】

　後木 真央は、ふと。どこかまぶしそうに少女と老婆を見つめる、恵御納 夏朝の表情が気になって、小さく首を傾けます。
「夏朝ちゃん、どーしたのだ？　何か気になることでもあったのだ～？」
「あ、うん……ちょっと、ね」
　夏朝の胸に生まれたのは……羨望の思い。
　ユークリアンナΑ。ユークリアンナΩ。本来は同一の存在であるはずのふたりが、こうして目の前で、並び立っている光景。
「もちろん、望んでそうなったわけじゃないみたいだけど……少しだけ。羨ましいかな」
「夏朝ちゃん……」
　自身の中に息づく半身と、生身のままで相対する夢を、夏朝もまた、幾度となく見たことがありました。それはきっと、叶わないこと……だからこそ、夏朝はそんなシーンに憧れるのでしょう。
　思うさま、彼女と語らうことができたなら。触れ合うことができたなら。そう焦がれずにはいられないのです。
「……叶うのだ。いつかきっと！」
　真央の、明るい声。少しうつむけた顔を上げると、いつものように、咲くような笑顔がそこにはありました。頭の上にずっしりと乗ったデブ猫がおーも、のんびり構えて尻尾をふりふり。まるで、たやすいことだとでも言うかのように。
　根拠はなくても、そこには確かに、友人への思いがありました。
「うん。ありがとう、後木さん」
　夏朝の胸の重みは、少しだけ、軽くなったようです。



「さて。これからどうされますかな？　皆さん」
　と言いつつ、オーデン・ソル・キャドーが手触りを確かめているのは、先ほど戦いを繰り広げたあの発光獣から少しばかり失敬した、光る体毛です。暗がりでの照明代わりのつもりでしたけれど、これが意外にツヤがあって美しく、思わぬお土産となったのでした。
　それはさておき、旅人たちは、託された依頼を果たしました。いつもなら、このあたりでアルクがのんびりみゃあと鳴き、あの茜色が弾けて、どこかへ移動するか帰還を果たしているところです。
「と、いうことは……我々にはまだ、やるべきことがある。そういうことでしょうか？　マドモワゼル」
　ふたりのユークリアンナたちへ問いかけると、彼女らは顔を見合わせ、旅人たちを見つめ、といった動作を何度か、繰り返しました。何か、言いたいことがあるようです。
「なんだ、まだ何か困ってんのか？」
「オレたちに出来ることなら、手伝うよぅ？」
　楢木 春彦と呉井 陽太が、ためらいもなく笑って言いました。乗りかかった船でもあり、それに子どもたちの世界での賑やかなもてなしで大いに和み、活力も十分！　たとえ異世界にあっても、なんだかんだで彼らの気のいいところは、変わらないようです。
「ま、あんまりアタマ使うのとかは、カンベンしてもらいてぇけどよー」
「春彦君、そういうの苦手だもんねぃ」
「おう！」
「ふふ。頼もしいわね」
「ええ、頼もしいわ」
　くすり、と笑みを漏らした少女と老婆。旅人たちが思いのほかスムーズに目的を達してくれたことに、気を良くしたのかもしれません。
「これなら、任せられそうね」
「そうね。上手くやってくれたことでしょうね」
　あらためて。旅人たちをぐるりと見回し、彼女たちは少しだけきゅっと唇を引き締めてから、言いました。
「……私を、助けてほしい」
「引き裂かれてしまった、私自身の時の欠片を」
「滅びゆく世界へ向かい、救い出してほしい」
「救出へ向かったはずのウォーカーからの連絡が途絶えて、もうずいぶんと経ってしまったわ」
「……ウォーカー？　またそれかよ」
　再び語られたその言葉へ、夜海霧 楓が訝しげに口を挟みます。
「こいつは、俺の考えなんだがな。ローシルティウムの性質ってのは、つまり言ってみりゃ、『save』と『load』だ。未来の世界を記憶し、過去の世界を読み込めば……それはもう、疑似的なタイムトラベルといっていいだろう」
「time travel！　トワたち、time travelerデシタカー」
　無邪気なトワ・E・ライトフェロゥの頭へ、楓は、ぽむっと手を置いて。
「アルク自身が既に、それに近いことをやってるしな。まぁ、普通はいわゆるパラドックスが起きないよう、何らかの制限がかかるんだろうが……その制限に縛られず、自由に時を渡り歩く。それが特異点、『ウォーカー』なんじゃねぇか？」
　推論、ではありました。けれどそれはある程度、的を得た説明であるようにも思えます。
　なぜならユークリアンナたちが、またしてもにやり、訳知り顔で笑っているのです。彼ら自身が謎を紐解いていくのが、楽しくて仕方がないといった様子です。
　御剣 刀は腕組み、ふむ、と思案顔。情報を頭で整理しつつ、
「あんたたちは、俺たちをウォーカー……その予備軍みたいに呼んでたが。他にもいるってことか？　そういう連中が」
「そんな人たちが行方不明になっちゃうよーなところへ、私たちに行けって言うんです？」
　言葉は責めるかのよう、けれど屋敷野 梢も負けじと、不敵な笑みを浮かべて。
「面白そうじゃないですかー」
　もちろん、怯んでしまう彼らではないのです。
　少女と老婆は、ぐるりと旅人たちを見回し、
「私の欠片。ユークリアンナΘは、とある世界で、戦いに巻き込まれているわ」
「私の欠片。激しい戦争の真っ只中に、ユークリアンナΘは放り込まれた」
「道行きは厳しいものになるでしょうね。それでも、あなたたちなら」
「ウォーカーとなり得る可能性を備えた、あなたたちなら……」
　かすかに、懇願のような響き。
　すかさず、旅人たちの中でも腕に自信アリな面々がずばっと立ち上がり、頼もしくうなずきます。サキリ・デイジーカッターだって、もちろん、するりと引き抜いたナイフの鋭さを確かめながらに、
「戦いだって？　なら、僕の得意分野だよ。任せてくれ」
　とん、と胸を叩きます。
　小山内 海は、スケッチブックを胸に抱いて、その腕にきゅうっと力を込めました。次に赴くことになる世界、待ち受けているという戦いは、険しいものであるのかもしれません。
　けれど。これまで旅人たちは、どんな困難だって乗り越えてきました。どんな敵だって、退けてきました。今さら、尻込みする理由はありません……何より、
（あ……アルク）
　白黒猫が海の足首へ寄ってきて、あたたかい毛並みをもふもふ、すり寄せながら。にゃあ、うにゃあ！
（……うん。そうだね、アルク）
　のんびり、気ままにあっちへこっちへ。アルクと行く旅はいつだって、どきどき、わくわく。心躍らせてくれる、冒険に満ち満ちているのですから！

＜『きままにアルク』　つづく＞