まるで……喉から絞り出す、かすれたあえぎのような。遠くか細い、切ない泣き声のような。
そんな風が、びょう、と吹いて、通り過ぎていきました。
ガラスめいて透き通り、黒曜石のように艶やか。うっすらと淡く灯り、直線を描いて縦横に走る茜色の燐光を内包する、黒い大地。
眼下に連なる滑らかな、雲の平原。照らすのは
茜色、胸を締め付けるほどに美しい、あの色。
黒く巨大な、浮遊島。旅人たちは今、そこへと足を下ろしています。たどってきた道程が導く、終着点へと。
にゃおう! 白黒猫は、のびやかに鳴きます。
遠く、長く離れていた故郷へと、ようやくにして凱旋を果たしたかのように、得意げに。
「……彼を、
アルクをご存じなんですか?」
どこかくたびれて見える、白髪に白髭、壮年の男は確かに、
そう言ったのです。
八神 修が尋ねると、男はぞろりとした不思議な意匠の服を風にはためかせ、ぼんやりと顔を上げて彼を見返し、
「ああ……その印象的な毛並みは何度かね、見かけたことがある。あの方が、たいそう楽しそうに戯れていらっしゃったのを」
「あの方、とは? その人物が、アルクの飼い主なのですか?」
横合いからの
オーデン・ソル・キャドーの問いにも、はっきりとうなずきながら、
「もちろん、陛下さ。我らが
皇帝さ……ああ、ほら。今日も、始まるよ」
男が示した空を見上げても、そこには何もありはしません……けれど、すぐにも。
「……彼、が?」
「皇帝……?」
天に大きく、まるで、茜色のホログラフ。映し出された『陛下』を目にした修もオーデンも、複雑な感情を頬ににじませ、ついと眉をひそめました。
「おはよう、諸君。我が民よ。皇帝である。
我らが魔導の歩みは止まることを知らず、壮麗なる艦の並び、勇ましき砲列は、
その内に大いなる力を蓄えながら、撃つべき敵を今かと待ちわびている。
奮起せよ! 新たなる戦いは目前だ、輝かしい勝利へ! 邁進せよ!
我ら、ローシルテの民はいついかなる時も勇壮にして、立ち塞がる者をすべからく踏み越え、
暁の向こうに横たわる富と栄光、その全てを必ずや手中に収めてくれるものと期待する。
我らが悲願は、もはや目前にある! 民よ、奮起せよ!
余のため、そなたら民自身のため、偉大なるローシルテのために。
勝利へと一心不乱に、邁進せよ!」
どこかたどたどしくも凛として、心なしかの威圧感と、それに華やかなカリスマ性をもって訴えかけた皇帝は、
7~8歳くらいの小さな少年に見えました。
「陛下は、お変わりになられたよ。最後にお会いしたのは、もう半年も前だ……あの頃はまだ殿下とお呼びしていたのだから、当然ではあるがね。あれほどに利発で真っ直ぐで、優しく純真無垢であった少年が、今やこの『
魔導帝国ローシルテ』という重き枷をたったひとり背負って立つ、皇帝だ……」
「……どうすれば、会えるかな……?」
目の前の男は、あの少年皇帝とやら、つまりは白黒猫の飼い主と、面識があるような口ぶり。
恵御納 夏朝が、修の腕の中でにいと鳴いたアルクを撫でてやりながら、そう尋ねました。
「会う? 君たちが、陛下にかい……? そりゃあ……無理だろう。このご時世、謁見など望むべくもないし、陛下ご自身は多くの兵が警備を固める軍港の向こう、天上宮殿の奥にいらっしゃる。とかく、今は軍部が幅を利かせているからね……たとえその迷い猫を届けるという口実であったとしても、会わせてはもらえないさ」
「それでも……僕たちは、行かなくちゃ」
「ああ。そうだな」
修は、ふに、と頬に当てられた柔らかい肉球、無邪気な白黒猫へ、微笑みかけながら。
「俺たちはアルクを、飼い主のところへ、帰してやらなければ」
「そーですねー。それがこの旅の、目的のひとつ! ってゆーやつだったのかもしれませんしねー」
口ぶりは軽く、それでも
屋敷野 梢は、険しい眼差しで茜色の空を、じっと見据えて。それから男をくるりと見返して、言いました。
「色んな世界を巡り巡って、私たちはきっとそのために、
ここまでやってきたんですから!」
多くの世界を、白黒猫に導かれるまま、さまよい歩いてきました。梢も、旅人たちもみなそうして、ここまでたどり着きました。
「……ええ。これまでにも困難はありましたが、私たちは協力し、乗り越えてくることができました。今回もまた、同じこと」
「届けましょう。彼を、あるべきところへと……」
真新しいステッキを、かつん、地へと突き、オーデンもまた決意を伝えます。その思いはきっと、ともに旅してきた仲間たちにとっても、同じであったことでしょう。
夏朝にとっても、また。
「さあ……行こう。アルくんのお家へ……飼い主さんのところへ」
そこに、何があるのか。旅の終わりに何が待つのか、今はまだ、分からずとも。
それでも、旅人たちは。
男は、しばし……怪訝な瞳で。旅人たちを品定めするように、まじまじと見つめていました。
そして今度は、顎に生やした白い髭を撫でさすりながら、何か思案するように首を傾げ、うつむき、首をもたげて天を仰ぎ、ひとしきり、熟考するようなそぶりを見せた後に。
「……そうだな。僕もそろそろ、再び、歩き出す頃合いなのかもしれないな……」
旅人たちへと、やがて言いました。
「君たちが何者かは知らないが、あの頃の陛下に良く似た、その真っ直ぐな瞳を信用しよう。僕自身のためにもね……ここは、協力しようじゃないか? 君たちが陛下に会うのを、僕も手伝わせてもらうよ」
「そーいえば」
梢の投げかけた疑問は当然にして、もっともなものです。
「おじさん、あのちっちゃい皇帝君とも、会ったことがあるみたいですけど。どちら様なんですか?」
けれど男は大げさに、驚いたような顔を浮かべて、
「あれ、知っていて僕のところへ来たんじゃないのかい? 僕を知らない? これでもそこそこに、顔は知られてるはずなんだがなぁ。とはいえ、職を辞してから、そろそろ……半年になる。世間に忘れられていても、おかしくはないか」
そして一礼とともに、名乗りました。
「僕は以前、先帝の直属たる宮廷魔導士団の一角を務めていた。といっても、専門は時代遅れな錬金学で、ま、下っ端だったがね……名を、『
ファシナラ』という。以後お見知りおきを、ね?」
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
ガイドへは、八神 修さん、オーデン・ソル・キャドーさんと、恵御納 夏朝さん、屋敷野 梢さんにご登場いただきました。ありがとうございました!
(もし引き続きご参加いただける場合はもちろん、上記のシーンに寄らず、ご自由にアクションをかけて下さって構いませんので!)
前回までのあらすじと、このシナリオの概要
白黒猫、アルクと一緒に異世界を旅する『さまよいアルク』シリーズも、今回で最終章となります。
なお第一章、第二章、第三章、第四章では、大まかに以下のような出来事がありました。
不思議な猫『アルク』と出会ったことで、様々な異世界を巡る旅へと出ることとなった、
寝子島の住人たち。
第一の世界、清々しく美しい海と空を擁する街では豊漁祭が催されており、旅芸人
の一座や、有翼船を駆る漁師たち、空を泳ぐ空魚たちとも触れ合いました。
第二の世界、昼は熱風吹き荒び夜は険しい冷気に包まれる荒野では、とある若い夫婦の
旅路を助けました。屍人(スカベンジャー)と呼ばれる生き物たちの襲撃を切り抜け、
月と星を映す鏡面湖を駆け抜けた彼らは、過酷な環境で生きる夫婦へ希望と決意を
届けました。
第三の世界、地下洞窟をくり抜くように生い茂る地下大樹林では、ウォータースライダー
や薬草湯、豊富な木の実などを堪能しつつ、樹木人ツリーアンたちによって、ゆっくりと
した滅びへの道筋をたどる世界の秘密を知らされました。
そして第四の世界、滅びかけた未来世界では、各世界に存在し、アルクの首輪にも
取り付けられている茜色の宝石、『ローシルティウム』の性質と、石がもたらす滅びの要因を
知ることとなりました。
再び、アルクがひと鳴き。茜色の光が瞬いて、旅人たちはようやくにして、アルクの故郷
であるらしい、不思議な世界へとたどり着きました。
上記を踏まえまして、今回アルクに連れてこられたのは、恐らくはアルクの飼い主が暮らす世界であると思われる、『魔導帝国ローシルテ』なる場所です。
巨大な人工島は、大地が不思議な黒い石で出来ていて、雲の上の空へと浮かび、そこに暮らす人々や、家々を始めとした様々な建造物を支えています。
この世界には、どうやら『魔導』と呼ばれる未知の技術が深く息づいているようで、浮かぶ巨島はその最たるもののひとつであり、そして民間にも広く浸透しているようです。また各所では、茜色の宝石、ローシルティウムがその媒介として用いられている光景を目にすることができます。
多くの住人は、国家貢献と戦争における勝利を掲げ、熱に浮かされたように揚々として仕事に邁進しています。
あちこちには、この国の軍隊が擁する戦車や、空を飛ぶ軍艦、黒い甲冑を着込んだ兵士たち、魔導による見たことも無いような兵器も見て取れ、物々しい空気に包まれているものの、ほとんどの住人はそれらを歓迎しているようです。
そんな中で、旅人たちが出会った壮年の男は、落ち着いた物腰で、それにアルクの飼い主のことを知っていると語ります……この国の元首たる少年皇帝こそが、まさしくその人物だと言うのです。
旅人たちは、どこかで聞いたような名前を持つこの男の協力を得て、警備を行う兵隊たちの合間を縫って、皇帝の住まう天上宮殿へと向かうことになります。
今回のシナリオにおける行動は主に、スニーキング、つまりは見つからないように潜入することが重要となります。兵士たちは揃って屈強、多勢に無勢であり、正面から殴り込むのはあまりに無謀です。こっそりと忍び込み、あるいは場に溶け込んで……それでも避けられない時は、敢然と立ち向かい。そうしてどうにか、皇帝の住む天上宮殿へとたどり着かなければなりません。
困難を乗り越え、無事にたどり着くことができたなら、そこで旅人たちはきっと、何らかの真実を知ることになるでしょう。
アクションでできること
前述のとおり、今回は隠密行動が主となり、以下の各ポイントにおいて、そのための方策を講じていただくことになります。
アクションには、以下の【1】~【3】の中から1つお選びいただき、そこでどのように行動するかをご記入ください。
また、今回は同行する男『ファシナラ』と、それに出会うことができれば『皇帝』が、様々な疑問に答えてくれるはずです。それぞれに尋ねたいことがありましたら、併せてお書きください。
※なお、現地で使われている言語(文字、音声)を理解するには、近くにアルクがいる必要があります。
今回、彼は放っておくと勝手知ったるとばかりに、ずんずん先へ行ってしまうかもしれません。気を付けておいたほうが良いかも。
【1】居住区
民家や店などが軒を連ねる居住区の街並みを通り抜けます。
街中には兵士や戦車、それに魔導を用いた半自動兵器である巨人『ゴーレム』が闊歩し、常に巡回警備を行っています。
住人たちは基本的に気の良い好意的な人々ですが、国益を害するような行為や国家に敵対する者には敏感で、あやしい素振りを見せれば即座に兵士たちへ通報されてしまうでしょう。
街の中ほど、目的の行程への中継点にはファシナラの家があり、彼の妻が歓待してくれます。彼らは表向きはともかく、本心では国の体制に迎合してはいないようです。
ここではしばし休憩したり、計画を練ったり、話を聞くこともできるでしょう。
【2】軍港
皇帝の住まう天上宮殿は上空にあり、そこへ向かうには、軍の施設である軍港にて、『浮遊艇』を入手する必要があります。浮遊艇は、側面に幾つもの小さな翼がついている空飛ぶ船で、どこか最初に訪れた海と空の世界で見かけた有翼船に似ているようにも見えます。
浮遊艇の操縦はファシナラが行うことができますが、彼に説明を受ければ、旅人らにも動かすことが可能です。
軍港には多くの兵士が常駐しているのに加え、戦車、砲を備えた軍用浮遊艇、搭乗も可能な半自動兵器ゴーレム、あちこちにはタレット(備え付けの機銃)なども存在しています。
浮遊艇奪取の隙を作るため、それらの気を引いたり、時には逆に利用することが有効になるかもしれません。しかしながら当然、あまりに派手なことをしてしまえば兵士たちの警戒網は厳しくなるため、最適の方策を模索する必要があります。
【3】天上宮殿
浮遊島の最後端付近の上空には、さらにいくつかの小島からなる群島が浮かんでおり、その中央に、皇帝の居宅である天上宮殿があります。宮殿は議事堂を兼ねており、多くの貴族的な身分の人々もまたここで生活しています。ファシナラとその妻も、かつてはここで暮らしていたようです。
宮殿は広大で、いくつもの部屋が集まる区画と、それらを繋ぐ空中回廊によって構成されています。
宮殿内のホールでは、華やかな音楽に乗せてダンスをしたり、豪華な食事を楽しんだりと、何かの祝賀会が行われているようです。そして恐らくは、皇帝もこの場に出席していると思われます。
広いホール内には多くの貴族や皇族たちがおり、軍人や武装した兵士などもちらほらと見受けられ、中を捜索するには、何らかの方法で場に溶け込む必要があります。
どうにかして皇帝を見つけ出し、相対することができたなら、恐らくはそこが旅の終着点となるでしょう。
なおその際、皇帝との何らかのやりとりは、上記の【1】~【3】の選択に関わらず行うことができます。
その他、上記に加えて、
・不思議な猫アルクについて、思うこと
何かありましたら、そちらもお書きくださいませ。できる限り拾わせていただきます。
『さまよいアルク』シリーズとは?
寝子島に現れた一匹の猫、アルクの持つ不思議な力によって、色々な異世界を探訪していくシリーズシナリオです。
訪れることになる世界は様々で、穏やかで優しい世界もあれば、険しく危険な世界もあるかもしれません。
そうした世界を巡るうち、アルクの力に秘められた謎など、明かされていく秘密もあることでしょう。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
なお、こちらの最終章からご参加いただく場合は、
・実は第一章~第四章の世界にも参加していたが、別行動をしていた。
・同じタイミングで連れてこられたが、時空の歪みにより出現するタイミングが遅れた。
・気付いたらいた。理由は良く分からない。
等々、お好きな形でご自由にどうぞ。あまり深く考えなくても大丈夫ですので!
●舞台
異世界。『魔導帝国ローシルテ』の首都を兼ねる、巨大な人工浮遊島。島は細長い形をしており、全長は最大で十数kmにも達します。
島の大部分は居住区、及び工場や生産プラントなどが占めており、島の後方には軍施設が、そのさらに向こうの最後部には、議会と皇帝の居宅を兼ねる天上宮殿があります。
なお、国土の大部分は雲の下、地上にあるようです。
●NPC
○アルク
寝子島に突然現れた、不思議な猫。身体の右半分の毛が白、左半分が黒で、茜色の綺麗な宝石をあしらった首輪を身に着けています。
アルクは、2つの特別な力を持っているようです。
・1つは、異なる世界を渡り歩く能力。
・もう1つは、世界によって異なる言語を相互翻訳し、周囲の人々へと伝える能力。
翻訳能力については、前回の世界における情報で、どうやら身に着けた首輪の備える機能であるらしいことが判明。もうひとつの力については未だ不明ですが、そうした力を除けば、普通の猫と変わりません。
ちなみに、7~8歳くらいのオス。のんびり屋で物怖じしない性格らしく、誰にでもすぐに懐きます。
○ファシナラ
白い髪、白い髭、柔和な笑顔が印象的な、壮年の男。この世界の標準的な服飾であるらしい、袖や丈の長い美しい服を着ています。
家系に代々伝わる『錬金術』を受け継ぎ、以前は宮殿にて宮廷魔導士団なる職務に就いていたそうです。
過去に訪れた世界にて、旅人たちの出会った男と同じ名前であるのは、果たして単なる偶然……?
○皇帝
7~8歳程度の利発そうな少年。『魔導帝国ローシルテ』を統べる皇帝であり、アルクの飼い主であると目される人物です。
半年前に何らかの要因で父親である先帝が没し、市民の熱望もあって急遽その跡を継いだものの、現状はお飾りに過ぎず、権力のほとんどは軍部が掌握しているようです。
彼と出会うことが、この旅の最終目的のひとつとなるでしょう。
○兵士たち
黒い甲冑に身を包む、屈強な兵士たち。徒歩、あるいは戦車に乗り、島中のあちこちを巡回警備しています。
甲冑のあちこちには、茜色の宝石ローシルティウムがあしらわれていて、重たい甲冑を軽快に着こなすための何らかの役割を果たしているようです。また頭は兜ですっぽりと覆われていて、顔を覗き見ることはできません。
小型の丸い盾と長銃を持ち、背には美しく艶やかなマントがはためいて、そのシルエットはまるで中世の騎士のようにも見えます。
士気や忠誠心は高く、旅人たちから何らかのコミュニケーションを持ちかけるのは難しいと思われます。
●備考や注意点など
※上記に明記されていないNPC、及び今回のシナリオには参加していないPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
以上になります~。
これで最後です! 皆さまのアクションにて、お話を大団円へと導いてあげてくださいっ。
それでは、皆様のご参加をお待ちしておりますー!